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Event / できごと

カラオケの誕生

Karaoke
AD1971年
重要度 3
ソビエト連邦中国インドモンゴルチベットビルマ大英帝国タイ日本ベトナムラオスフィリピンカンボジア朝鮮民主主義人民共和国大韓民国AD1971年神戸
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1971年の版図を描いています(15勢力)。

概要

「カラオケ」は、歌の入っていない伴奏だけの音、「空のオーケストラ」を指す放送の業界の言葉だった。1971年ごろ、神戸でバンドのドラマーをしていた井上大佑は、客の歌に合わせて伴奏をした経験から、伴奏のテープを入れた機械に硬貨を入れて歌える装置を作り、スナックに貸し出した。同じころ、似た機械を考えた人はほかにもいる。井上は特許を取らなかった。1980年代、岡山の田園に貨物用のコンテナを置いたカラオケボックスが現れ、家族や若者が歌う場になる。いま「karaoke」は、そのまま世界の言葉になっている。

場所

神戸
34.69°N 135.19°E · 兵庫県

本文

レコードやテープの伴奏に合わせて歌うこと自体は、昔からあった。放送の業界では、歌の入っていない伴奏だけの音源を「空のオーケストラ」、略して「カラオケ」と呼んでいた。歌番組の稽古や、歌い手の地方の巡業で使われるものだった。

1960年代の終わりから70年代の初めにかけて、この伴奏を客が自分で使える機械が、いくつも考え出された。よく知られるのは、神戸のスナックでバンドのドラマーをしていた井上大佑である。客に頼まれて伴奏をするうち、客の歌いやすい調子と速さで伴奏を録音したテープを作ることを思いついた。1971年ごろ、硬貨を入れると伴奏が流れる機械「8ジューク」を作り、スナックに貸し出す。井上は特許を取らなかった。同じころ、東京で似た機械を作った人もいる。

1970年代、カラオケは酒場で会社員が歌うものとして広まった。1980年代にはレーザーディスクで歌詞と映像が画面に出るようになり、1985年ごろ、岡山の田園地帯に、貨物用のコンテナを改造した部屋を並べた「カラオケボックス」が現れる。酒場でなくても、家族や学生が仲間だけで歌える場所ができた。1990年代には通信で曲を配る機械が普及する。

カラオケはアジアからアメリカ、ヨーロッパへ広がり、「karaoke」は英語の辞書にも載る言葉になった。1999年、アメリカの雑誌『タイム』は、井上を「20世紀で最も影響力のあったアジア人」の一人に選んでいる。

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