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Event / できごと

脳死の基準

Harvard criteria
AD1968年8月5日
重要度 3
カナダアメリカ合衆国アメリカ合衆国グリーンランドポルトガル帝国メキシコキューバグアテマラAD1968年8月5日ボストン
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1968年8月5日の版図を描いています(8勢力)。

概要

人工呼吸器が広まると、脳の働きがすべて失われても、機械で心臓が動き続ける人が病院に現れた。死んでいるのか、生きているのか。1968年8月、ハーバード大学医学部の委員会は、呼びかけにも痛みにもまったく反応せず、自分で呼吸をせず、反射も無い状態を「不可逆的な昏睡」とし、それを死の新しい基準として示した。前の年には南アフリカで最初の心臓移植が行われていた。基準は、臓器の移植を可能にする一方で、人の死を誰がどう決めるのかという問いを残した。日本では、脳死を法律で人の死と扱うかをめぐって、長く議論が続いた。

場所

ボストン
42.36°N -71.06°E · アメリカ・マサチューセッツ州

本文

長いあいだ、人の死は、呼吸と心臓が止まることだった。1950年代、ポリオの流行で人工呼吸器が広まると、状況が変わる。脳が大きく傷ついて、自分で呼吸をすることも、目を覚ますこともない人の心臓が、機械の力で動き続けた。フランスの医師たちはこれを「超えた昏睡」と呼んだ。家族はいつまで待てばよいのか、医師はいつ機械を止めてよいのか、答えは無かった。

1967年12月、南アフリカで最初の心臓移植が行われた(最初の心臓移植)。移植する心臓は、動いているうちに取り出さなければならない。その提供者は生きているのか、死んでいるのか。この問いが、急に切実になった。

1968年、ハーバード大学医学部は、麻酔科医ヘンリー・ビーチャーを委員長として、医師、法律家、神学者、歴史家からなる委員会を作った。8月5日、委員会は医学の雑誌に報告を出す。外からの刺激に全く反応しない、自分で呼吸をしない、反射が無い、脳波が平らである。この状態が24時間続けば、それを「不可逆的な昏睡」とし、死と見なしてよい、とした。報告は、呼吸器を止める判断と、移植の臓器を得ることの両方を理由に挙げていた。

この基準は、世界の多くの国で、形を変えて法律や指針になった。一方で、心臓が動き、体が温かい人を死んでいると見なすことに、抵抗を感じる人は多い。日本では、1968年に札幌で行われた心臓移植が、提供者の死の判定と受ける側の必要性の両方で疑いを招き、移植の医療への不信が長く残った。1997年の法律で、臓器を提供する場合に限って脳死を人の死とすることになった。人の死をどこに線を引くかは、医学だけでは決められない問いであり続けている。

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