オーティスの安全装置
概要
荷物用の昇降機は古くからある。人を乗せなかったのは、綱が切れれば落ちるからである。エリシャ・オーティスは、綱の張力が消えたときに板ばねが開き、両側の歯付きの案内レールに噛みつく仕掛けを作った。ニューヨーク万国博覧会の会場で、自ら昇降台に乗り、斧で綱を切らせてみせた。台は数センチ落ちて止まった。建物の高さは、階段を上がれる高さで頭打ちになっていた。それが外れ、高い階のほうが高く売れるようになった。
場所
40.71°N -74.01°E · アメリカ合衆国
関わった人(1)
エリシャ・オーティスAD1811年8月3日–AD1861年4月8日 · 作った本文
物を吊り上げる昇降機は、古くからあった。ローマのコロッセウムでは、地下から猛獣や剣闘士を闘技場へ上げる仕掛けを奴隷が巻き上げ機で動かしていた。中世の修道院や鉱山にも巻き上げ機があり、19世紀の工場では蒸気機関で荷物を上の階へ運んだ。だが、人は乗らなかった。綱が切れるからである。麻の綱は擦れて傷み、いつか切れる。切れれば台はそのまま落ちる。
だから建物の高さは、人が階段で上がれる高さで決まっていた。せいぜい五階か六階である。そして上の階ほど家賃が安かった。上り下りが大変だからだ。屋根裏部屋に貧しい芸術家や学生が住むという、19世紀のパリやニューヨークでおなじみの光景は、この事情から生まれている。

この制約を外す仕掛けを作ったのが、エリシャ・オーティス(1811〜1861年)である。ヴァーモントの農家に生まれ、荷馬車作りや製材所、機械工場の職人など、職を転々とした人物だった。1852年、彼はニューヨーク州ヨンカーズのベッド工場で、機械の据え付けを任された。重い機械を上の階へ上げなければならない。そのとき彼が考えたのは、綱が切れたらどうするか、という問題だった。
オーティスの仕掛けは単純である。昇降台の上に、荷馬車に使う重ね板ばねを取りつけ、吊り綱をそのばねの中央につなぐ。綱が台を吊っているあいだ、ばねは引っ張られて弓なりにたわんでいる。綱が切れて張力が消えると、ばねはまっすぐに戻ろうとして両端が外へ開き、昇降路の両側に立てた案内レールの歯にがっちりと噛みつく。台はそこで止まる。綱が切れたことそのものを、止めるための力に使っているのである。電気も、人の操作も要らない。そして綱が生きているあいだは決して働かない。
1853年、オーティスは昇降機を作る小さな会社を始めた。注文は少なかった。人々はまだ、吊られた箱に乗ることを信用していなかったのである。転機は翌1854年に来た。ニューヨークで開かれていた万国博覧会の会場、ロンドン万国博覧会にならって建てられたガラスと鉄の展示館クリスタル・パレスで、彼は公開の実演を行った。高い櫓に昇降台を吊るし、自ら台に乗って高く上がる。見物人の前で、助手に斧で綱を切らせた。台はほんの数センチ落ちただけで止まった。オーティスは帽子を取って「皆さん、安全です。まったく安全です」と言ったと伝えられる。言葉の細部には脚色があるかもしれないが、この実演が評判を呼んだことは確かである。

注文は少しずつ増えた。1857年3月23日、ニューヨークのブロードウェイにある五階建ての陶磁器店に、旅客用の安全な昇降機が初めて取りつけられた。蒸気機関で動き、速さは毎分十二メートルほど。階段を急いで上ったほうが速いくらいだったが、上らずにすむことに意味があった。オーティス本人は1861年、49歳でジフテリアのために亡くなり、会社には借金が残った。跡を継いだ二人の息子が会社を立て直し、オーティスの名を持つ会社は、のちに世界最大級の昇降機の会社になる。
昇降機は、建物の高さの上限を取り払った。鉄骨で骨組みを組む技術と組み合わさって、1880年代のシカゴやニューヨークに十階を超える建物が現れる(最初の摩天楼)。そしてもう一つ、ひそかな逆転が起きた。上の階のほうが高く売れるようになったのである。景色がよく、街のほこりや騒音から遠い。上の階はもはや貧しい人の住む場所ではなかった。英語の「ペントハウス」は、もとは屋上の物置小屋を指す言葉だったが、やがて最上階の最も高価な住まいを意味するようになった。1931年に完成したエンパイア・ステート・ビルは102階建てで、何十台もの昇降機が人々を空へ運んだ。

いま世界では二千万台近い昇降機が動いているとされる。綱は麻から鋼のワイヤーロープに変わり、何本も並べて使うので、一本が切れても残りが支える。速さが出すぎたことを調速機が感じ取ると、非常止めの装置が案内レールをつかんで台を止める。仕組みは精巧になったが、異常があれば機械が自らレールをつかむという考え方は、オーティスの板ばねと変わらない。ロープがすべて切れて台が落ちる事故はきわめて少ない。知られた数少ない例の一つが、1945年、霧の中で爆撃機がエンパイア・ステート・ビルに衝突した事故である。昇降機の運転係だった若い女性が、ロープの切れた箱ごと七十階以上の高さを落ちたが、奇跡的に命を取り留めた。
私たちは毎日、ためらいもなく昇降機に乗り込む。吊られた箱に体を預けるというのは、もとはひどく勇気の要ることだった。斧で綱を切ってみせた一人の職人の見世物が、その不安を拭い去り、都市を上へ伸ばしたのである。