概要
組積造では、高くするほど下の壁を厚くしなければならない。十六階建てなら、一階の壁が二メートルを超える。窓も床面積も失われる。ウィリアム・ル・バロン・ジェニーは、シカゴのホーム・インシュアランス・ビルで、鉄と鋼の骨組みに建物の重さを負わせ、壁を単なる覆いにした。十階、四十二メートル。壁が薄くなり、大きな窓が開いた。エレベーター、鉄骨、電話、そして大火の後の地価が、同じ場所で重なった。
場所
41.88°N -87.63°E · アメリカ・イリノイ州
本文
**限界**。
(——**組積造**(石と煉瓦を、積む)。
〈**——**壁が、**建物の重さを、全部、支える**。
**——**だから、**高くするほど、**下の壁を、厚くしなければならない**。〉
**例**。
〈**——**シカゴの**モナドノック・ビル**(1891年、北半分)。
**——**十六階、**六十メートル**。
**——**組積造としては、**世界で最も高い**。
**そして、**一階の壁の厚さが、**約1.8メートル**である**。
**〈——場所によっては、それ以上。〉**
**——**その厚さの分だけ、**床面積が、失われる**。
**そして、**窓が、**深い穴の底になる**。
**——**「これが、限界である」**。〉)
**シカゴ**。
(——**なぜ、シカゴか**。
〈**(1)**1871年、**大火**。
**——**街の中心部が、**焼けた**。
**〈死者、約300人。**
**——10万人が、家を失った。〉**
**——**そして、**土地が、**空いた**。
**そして、**建て直しの需要が、一度に、来た**。
**(2)**地価**。
**——**再建で、**中心部の地価が、暴騰した**。
**——**「同じ土地から、**より多くの床を、取らなければ、割に合わない」**。
**(3)**鉄と鋼**。
**——**ベッセマー法**(1856年)と、**平炉法**。
**——**鋼が、**安く、大量に、作れるようになっていた**。
**〈——それまで、鋼は、**刃物と、ばねの材料**である。**
**——建築に使う量は、作れなかった。〉**
**(4)**そして、**昇降機**と、**電話**と、**電灯**。
**〈——高い階を、**使えるようにする道具**が、**同じ時期に、揃った**。〉**
**(5)さらに、**地盤**。
**——**シカゴは、**軟弱な粘土**の上にある**。
**〈——だから、**建物を、軽くしなければならない**。**
**——組積造の、厚い壁は、**沈む**。**
**——これが、**鉄骨へ向かう、もう一つの理由**である。**
**そして、**「浮き基礎」**(フローティング・ファンデーション)**という技法が、ここで発達した。〉**〉)
**ジェニー**。
(**ウィリアム・ル・バロン・ジェニー**(1832〜1907年)。
〈**——**マサチューセッツの生まれ**。
**そして、**パリの**中央工芸学校**(École Centrale)で、**工学を学んだ**。
**〈——エッフェルの、一年後輩である。〉**
**——**南北戦争で、**北軍の技師**として従軍した**。
**〈——シャーマンとグラントの下で、**橋と、防御陣地を、作った**。〉**
**そして、**シカゴで、**設計事務所を開いた**。〉
**ホーム・インシュアランス・ビル**。
〈**——**1884年着工、1885年竣工**。
**——**当初、**十階**。**1890年、**二階、増築**。
**高さ——**約42メートル**(増築後、約55メートル)。
**構造**。
**〈——**鉄と鋼の骨組み**が、**建物の重さを、支える**。**
**——外壁の煉瓦は、**自分自身の重さを、階ごとに、骨組みに預けている**。**
**——つまり、**構造ではなく、覆いである**。**
**〈「カーテンウォール」の、原型である。〉〉**
**——**そして、**上層階に、**当時としては新しい、**ベッセマー鋼の梁**が、使われた**。
**〈——下層は、鋳鉄と錬鉄。〉**〉
**逸話**。
〈**——**ジェニーが、**構造を思いついたのは、**家で、妻が、**重い本を、鳥籠の上に置いたのを見たとき**だった、と伝えられる**。
**——**「細い針金の籠が、**あの重さを、支えている」**。
**〈——この話は、**後年に語られたもの**であり、**確証は無い**。〉**〉)
**「最初」か**。
(——**議論がある**。
〈**(1)**完全な鉄骨造ではない**。
**——**一部の壁が、**まだ、荷重を負っていた**、という指摘がある**。
**〈——1931年、**この建物が取り壊されるとき、**
**シカゴの建築家たちが、**委員会を作って、調査した**。**
**——そして、「これが最初の摩天楼である」と、結論した。**
**——ただし、その調査は、**地元の名誉が、かかっていた**。〉**
**(2)**そして、**より早い、あるいは、より純粋な例**が、**候補として、挙げられる**。
**〈——**ニューヨークの、エクイタブル生命ビル**(1870年、昇降機を備えた事務所建築)。**
**——**シカゴの、第一ライター・ビル**(1879年、ジェニー)。**
**——**そして、**ラルフ・モジャースキーの評価**。〉**
**(3)さらに、**「摩天楼」の定義**そのものが、**曖昧である**。〉
**——**それでも**。
〈**——**この建物で、**「壁が、支えるのをやめた」**。
**——**そして、その後の高層建築が、**すべて、その原理**である**。〉)
**その後**。
(**シカゴ派**。
〈**——**ルイス・サリヴァン**、**ダンクマー・アドラー**、**バーナムとルート**。
**そして、**「シカゴ窓」**——**中央の大きな固定窓の両側に、開く小さな窓**。
**〈——壁が、構造でなくなったから、**幅の広い窓**が、開けられる。〉**
**そして、**サリヴァンの言葉**。
**「形は、機能に従う」**(Form follows function)。
**〈——正確には、「**形は、常に、機能に従う**。**
**これが、法則である」**(1896年)。〉〉**
**ニューヨークへ**。
〈**——**1890年代から、**高さの競争**が、始まった**。
**——**フラットアイアン**(1902年、87メートル)。
**——**ウールワース**(1913年、241メートル)。
**——**クライスラー**(1930年、319メートル)。
**——**エンパイア・ステート**(1931年、381メートル)。
**〈——大恐慌の最中に、**一年余りで、建てられた**。**
**——そして、しばらく、**入居者が、集まらなかった**。**
**——「エンプティ・ステート・ビル」と、呼ばれた。〉**〉
**そして、いま**。
〈**——**ブルジュ・ハリファ**(ドバイ、2010年、828メートル)。
**——**そして、**サウジアラビアで、**1キロメートルを超える建物**が、計画されている**。〉
**——**ホーム・インシュアランス・ビル**。
〈**——**1931年、**取り壊された**。
**——**四十六年**である**。
**そして、その場所に、**別のビルが、建った**。〉)