概要
20世紀の前半、肺がんで死ぬ人が急に増えていた。道路の舗装や排気ガスのせいだと考える人が多かった。1950年、イギリスの疫学者リチャード・ドールとオースティン・ブラッドフォード・ヒルは、ロンドンの病院の肺がんの患者と、ほかの病気の患者の暮らしを聞き取って比べ、肺がんの患者にたばこを多く吸う人がはるかに多いことを示した。同じ年、アメリカでも同じ結果が出る。ドールは研究の途中で自らたばこをやめた。二人は続いて、イギリスの医師四万人の喫煙と死因を追う研究を始め、喫煙が命を縮めることを確かめた。
場所
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド
本文
20世紀の前半、イギリスでは肺がんで死ぬ男性が急に増えていた。1920年代から1940年代にかけて、十数倍になった。原因として疑われたのは、道路のアスファルトの舗装、自動車の排気、工場の煙、そして、第一次世界大戦のころから男たちに広まった紙巻きたばこだった。しかし、国の男性の八割がたばこを吸っていた時代に、たばこを疑うのは難しかった。
1948年、医学研究評議会は、疫学者のオースティン・ブラッドフォード・ヒルと、若い医師リチャード・ドールに原因を調べさせた。二人は、ロンドンの20の病院で、肺がんの患者と、同じ年ごろのほかの病気の患者に、住まいや仕事や暮らしぶりを細かく聞き取った。比べると、違いがはっきり出たのは、たばこだけだった。肺がんの患者のほとんどが吸っており、たくさん吸う人ほど危険が高かった。1950年9月30日、二人は結果を医学の雑誌に発表した。
ドールは、はじめはアスファルトを疑っていたが、結果を見てたばこをやめた。しかし、この種の調査は、患者の記憶に頼っていて、たばこそのものが原因だと言い切るには弱いと批判された。そこで二人は1951年、イギリスの医師四万人に喫煙の習慣を尋ね、その後、誰が何で死ぬかを追いかけた。医師は登録されていて、死ねば必ず記録が残る。数年で、吸う医師のほうが肺がんで多く死ぬことが確かめられた。調査は50年続き、吸う人は吸わない人より平均して10年早く死ぬことを示した。
研究を知った医師たちは、たばこをやめていった。ヒルはのちに、観察から原因を推し量るときの目安(結びつきの強さ、量との関係、時間の順序など)をまとめ、疫学の考え方の土台にした。たばこの会社は長く、この結果を疑わしく見せる宣伝を続けた。アメリカで国が認めるのは、公衆衛生局長官の喫煙報告である。