概要
ゆっくり凍らせると、氷の結晶が大きく育ち、細胞の壁を破る。解けたとき、水が流れ出て、味も歯応えも失われる。クラレンス・バーズアイは、ラブラドルで先住民が氷点下四十度の外気で魚を一瞬に凍らせ、数か月後も生のように食べられることに気づいた。速く凍らせれば結晶が小さい。彼は二枚の冷えた金属板で挟む装置を作り、1930年に十都市の店で試験販売した。冷凍庫を持つ家庭がまだ少なく、普及には二十年を要した。
場所
42.10°N -72.59°E · アメリカ・マサチューセッツ州
関わった人(1)
クラレンス・バーズアイAD1886年12月9日–AD1956年10月7日 · 作った本文
**問題**。
**凍らせると、**まずくなる**。
(——**理由**。
〈**——**細胞の中と、間の水が、**凍って、氷の結晶になる**。
**そして、**ゆっくり凍らせると、**結晶が、大きく育つ**。
**〈——先にできた結晶に、**周りの水が、集まってくる**。〉**
**——**大きな結晶が、**細胞の壁を、突き破る**。
**——**解けたとき、**中身が、流れ出る**(**ドリップ**)。
**——**味も、香りも、歯応えも、**失われる**。
**そして、**ぐずぐずになる**。〉
**——**19世紀末から、**冷凍の技術は、あった**。
**そして、**「冷凍食品は、まずいもの」**という評判が、**確立していた**。
〈**——**主に、**質の落ちた食材を、冷凍して、安く売った**からでもある**。〉)
**ラブラドル**。
(**クラレンス・バーズアイ**(1886〜1956年)。
〈**——**アマースト大学を、**学費が続かず、中退した**。
**そして、**農務省の生物調査員**として、**モンタナとニューメキシコ**で働いた**。
**〈——コヨーテと、ダニと、ロッキー山紅斑熱の調査。〉**〉
**1912年から1917年、**ラブラドル**(カナダ北東部)。
**——**毛皮の商いをした**。
**そして、**そこで、見た**。
〈**——**気温、**氷点下40度**。
**イヌイットが、**釣った魚を、**外の空気にさらす**。
**——**魚が、**一瞬で、凍る**。
**そして、**数か月後に、解かして食べると、**生のときと、変わらない**。
**——**彼は、**それに、驚いた**。
**〈——「この魚は、**釣ったばかりの魚と、同じ味がする**」。〉**
**そして、**キャベツを、塩水に入れて凍らせて、**冬の間、保存した**、とも書いている**。〉)
**なぜか**。
(——**極端に、速く凍る**。
〈**——**結晶が、**大きくなる時間が、無い**。
**——**微細な結晶が、**細胞の中に、たくさん、できる**。
**——**細胞の壁が、**破れない**。〉
**——**これが、**急速冷凍**(quick freezing、flash freezing)の原理である**。
〈**——**特に、**マイナス1度からマイナス5度の帯**を、**速く、通過させること**が、重要である**。
**〈「最大氷結晶生成帯」。**
**——ここで、結晶が、育つ。〉**〉)
**装置**。
(——**帰国して、**作った**。
〈**1922年、**最初の試み**(ニューヨークの倉庫を借りて、扇風機と、氷と、塩水で)。
**——**うまくいかなかった**。
**1924年、**マサチューセッツ州グロスター**(漁港である)。
**——**新しい会社、**ジェネラル・シーフーズ**。
**そして、**「複板式冷凍装置」**(multiplate freezer)。
〈**——**冷媒を通した、**二枚の金属板**で、**箱に入れた食品を、挟む**。
**——**上下の両面から、**直接、熱を奪う**。
**〈空気で冷やすより、**はるかに速い**。〉**
**——**そして、**箱のまま凍るので、**そのまま、出荷できる**。〉
**——**特許を、取った**。〉)
**売却**。
(**1929年**。
〈**——**ポストラム社**(後の**ゼネラル・フーズ**)が、**会社と特許を、買った**。
**金額——**2,200万ドル**。
**〈当時としては、巨額である。**
**——そして、その二か月後に、**株式市場が、暴落した**。**
**——彼は、**極めて、良い時期に、売った**。〉**
**そして、**「Birdseye」を、二語に分けて、**「Birds Eye」**という商標にした**。
**——**彼の名が、**そのまま、ブランドになった**。〉)
**発売**。
**1930年3月6日**。
(——**マサチューセッツ州、スプリングフィールド**。
**——**十の店で、**試験販売**。
〈**品目——**26種類**。
**——**エンドウ豆、ほうれん草、ラズベリー、さくらんぼ、魚の切り身、そして肉**。〉
**そして——**売れなかった**。
**理由**。
〈**(1)**家庭に、**冷凍庫が、無い**。
**〈——当時の家庭用の冷蔵庫の、**製氷室は、小さい**。**
**——数日分しか、入らない。〉**
**(2)**店に、**冷凍のショーケースが、無い**。
**——**バーズアイの会社が、**ケースを、店に、貸し出した**。
**〈——自分で、売り場を、作らなければならなかった。〉**
**(3)**そして、**運ぶ手段が、無い**。
**——**冷凍の貨車を、**自分で、用意した**。
**(4)そして、**高い**。
**——**大恐慌の、最中である**。〉
**——**普及したのは、**第二次大戦の後**である**。
〈**——**戦時中、**缶詰の金属が、軍に回された**。
**——**代わりに、**冷凍食品**が、使われた**。
**そして、**戦後、**家庭に、冷凍庫が入った**。
**さらに、**スーパーマーケット**と、**テレビ**。
**〈——1953年、**「TVディナー」**(スワンソン社)。**
**——アルミの盆に、**一食分**。**
**——テレビを見ながら、食べる。〉**〉)
**その人**。
(——**生涯に、**約300の特許**。
〈**——**冷凍以外**。
**捕鯨用の、**電気銛**。
**紙の原料を作る、**製紙用の粉砕機**。
**赤外線の、**加熱ランプ**。
**そして、**サトウキビの絞り滓から紙を作る方法**。
**——**最後の仕事は、**ペルーで、その事業をやろうとしていた**。
**〈そして、体を壊して、帰国した。〉**〉
**そして、**極めて、好奇心が強かった**。
〈**——**若い頃、**大学の学費のために、**ネズミを捕まえて、遺伝学の研究者に売った**。
**そして、**あらゆるものを、食べてみた**。
**〈——スカンク、麝香鼠、イグアナ、そして、鯨。〉**
**——**「わたしは、**何にでも、興味を持つ**。……
**……**それが、**わたしの唯一の才能である**」**という趣旨のことを、語っている**。〉
**1956年10月7日、**ニューヨークのホテルで、死去**。**六十九歳**。
**——**心臓である**。〉)