できごと

騒音を測る

Measuring noise
AD1930年
重要度 3
大英帝国カナダアメリカ合衆国アメリカ合衆国デンマークメキシコDominion of NewfoundlandホンジュラスキューバグアテマラAD1930年ニューヨーク
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1930年の版図を描いています(10勢力)。

概要

都市の音は、長く苦情の対象であって、測定の対象ではなかった。1929年、ニューヨーク市が騒音削減委員会を置く。技術者が測定車で街を回り、地点ごとの数値を記録した。市民から一万を超える苦情が寄せられ、その順位が公表される。交通、地下鉄、ラジオ、そして工事。健康への影響の調査も行われた。数値になったことで、規制が可能になり、同時に「この数値以下なら我慢すべきである」という線も引かれた。測ることは、許すことでもある。

場所

ニューヨーク
40.71°N -74.01°E · アメリカ合衆国

本文

都市の音は、昔から苦情の種だった。古代ローマでは、ユリウス・カエサルが昼間の市内での荷車の通行を制限したとされる。そのため荷車は夜に走り、詩人ユウェナリスは、ローマでは金持ちしか眠れない、と嘆いた。中世の都市には、夜に鍛冶仕事をしてはならないという決まりがあった。19世紀のロンドンでは、計算機の父として知られるチャールズ・バベッジが辻音楽師の演奏を憎み、街頭の音楽を規制する1864年の法律の成立に一役買った。腹いせに、楽師たちが彼の家の前でわざと演奏したという話まで伝わっている。

しかし、これらはどれも「うるさい」か「うるさくない」かの二つに一つだった。音は苦情を言う対象であって、測る対象ではなかったのである。

1920年代のニューヨークは、それまでにない騒音の町になっていた。自動車が急に増え、警笛があちこちで鳴った。地下鉄と高架鉄道が延び、鉄の車輪がレールをきしませた。ラジオが普及し、窓を開けて大音量で鳴らす家もあった。空には摩天楼が次々に建ち、鋼材を留める鋲打ち機の音が一日中響いた。

1929年、ニューヨーク市の保健局長シャーリー・ワインは、騒音削減委員会を設けた。都市の騒音を組織的に調べた、世界でも最も早い試みの一つである。委員会はまず、市民から苦情を集めた。寄せられた苦情は1万1000件を超え、委員会はそれを分類して順位を付けた。上位を占めたのは、交通、地下鉄と高架鉄道、ラジオ、そして工事である。そのほか、早朝の牛乳配達の瓶の音、隣の家のピアノの練習、犬の鳴き声まで並んでいた。

委員会は次に、音を測った。ベル電話研究所の協力で、真空管を使った音の大きさの測定器を積んだ車を仕立て、市内の多くの地点を回って数値を記録した。音の大きさを表す単位として、電話の研究から生まれた「デシベル」が使われ始めていた時代である。街角ごとの数値が地図に落とされた。病院の周りの音や、工場で働く人の聴力も調べられた。1930年、委員会は『都市の騒音』と題する300ページほどの詳しい報告書を出した。

報告は、いくつもの対策につながった。不必要な警笛を鳴らすことの禁止、病院の周りの静かな区域、工事の時間の制限。地下鉄の車輪を静かにする工夫や、建物の遮音も進められた。そして同時に、一本の線が引かれた。この数値より静かなら許される、という線である。規制とは、必然的にそういうものだ。測ることは、許すことでもある。「うるさい」という訴えが数字に置き換えられると、数字が基準を下回っているかぎり、その音は問題ないとされる。実際に人がどう感じているかとは別に。

その後、騒音は各国で公害の一つとして扱われるようになった。アメリカでは1972年に騒音規制法ができ、環境保護庁に騒音を担当する部署が置かれた。しかし1981年に発足したレーガン政権は、騒音は州や地方の問題だとして、その部署の予算をほぼ打ち切った。法律は廃止されていないが、それを実行する部署が無い状態が続いている。

1960年代からは、航空機の騒音が大きな争点になった。日本では、大阪国際空港の周辺住民が国を訴え、1981年の最高裁判決は、過去の被害の賠償は認めたものの、夜間の飛行の差し止めは認めなかった。この判決は、その後も長く議論されている。

いまでは、世界保健機関が騒音の健康への害を繰り返し報告している。眠りを妨げ、心臓や血管の病気の危険を高め、子どもの学習にも影響する。ヨーロッパでは、交通の騒音によって毎年、数十万年分の健康な暮らしが失われているという推計がある。静けさはしだいに手に入れにくいものになり、値段が付くようになった。静かな地区の家賃や、周りの音を打ち消す耳当て型の機器がそれである。

そして逆の問題も生まれた。電気自動車は静かすぎて、歩いている人が近づく車に気づかない。そこで欧州連合やアメリカは、2019年ごろから、低い速度で走る電気自動車に人工の音を出させるよう義務づけた。どんな音にすれば、うるさすぎず、しかも危険を知らせられるのか。それが設計の課題になっている。百年かけて音を減らそうとしてきた人類は、とうとう音を足すことにもなったのである。

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