公衆衛生局長官の喫煙報告
概要
1964年1月11日、土曜日。アメリカの公衆衛生局長官ルーサー・テリーは、七千本を超える研究を検討した委員会の報告を発表した。たばこは男性の肺がんの原因であり、慢性の気管支炎の最も大きな原因である、と国として初めて認めたのである。株の市場への影響を避けるため、発表は市場の閉まった土曜日に行われた。当時、アメリカの大人の四割以上がたばこを吸っていた。翌年、たばこの箱に健康への警告を書くことが義務づけられ、テレビとラジオの広告はのちに禁じられる。喫煙を減らす長い取り組みが、ここから始まった。
場所
38.91°N -77.04°E · アメリカ合衆国
本文
1950年代、イギリスとアメリカで、喫煙と肺がんを結びつける研究が次々に出た(喫煙と肺がん)。たばこの会社は、1954年に全国の新聞に広告を出し、たばこが病気の原因だという証拠は無い、研究を続ける、と訴えた。医師がたばこの広告に登場し、映画のスターが画面で吸った。アメリカの大人の四割以上、男性では半数以上がたばこを吸っていた。
1962年、公衆衛生局長官ルーサー・テリーは、たばこと健康について、国としての判断を下すための委員会を作った。委員は、たばこの業界と保健の団体の双方から異議の出ない人が選ばれ、半数はたばこを吸っていた。委員会は、七千本を超える論文を一年あまりかけて検討した。
1964年1月11日、報告が発表された。土曜日だったのは、株の市場への打撃を避け、日曜の新聞に大きく載せるためだった。報告は、たばこが男性の肺がんの原因であること、慢性の気管支炎の最大の原因であることを、国として初めて認めた。記者会見の会場では、灰皿が置かれていたという。報告はその日の夜のニュースの冒頭を飾った。
翌1965年、たばこの箱に健康への注意書きを載せることが法律で義務づけられた。1971年には、テレビとラジオでのたばこの広告が禁じられる。公共の場所での禁煙、たばこの税の引き上げ、たばこの会社の責任を問う裁判が続き、アメリカの喫煙率は、半世紀で10パーセント余りにまで下がった。一方で、たばこの会社は、規制の緩い国々に売り先を広げていった。