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Event / できごと

タバコの伝播

The spread of tobacco
AD1560年頃
重要度 5
スペイン帝国オスマン帝国ポルトガル帝国ロシア帝国ノガイ・オルダポーランド・リトアニア共和国デンマーク=ノルウェースウェーデンソンガイ帝国マリ帝国リトアニア大公国神聖ローマ帝国フランス王国スペインエチオピア帝国ポーランド王国カネム=ボルヌWatassid MoroccoダルフールEngland and Irelandセネガルハウサ諸王国クリム・ハン国ヴェネツィア共和国ワダイ王国スコットランドモシ諸王国BagirmiHabsburg NetherlandsNaplesプロイセンAD1560年頃セビリャ
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1560年頃の版図を描いています(31勢力)

概要

アメリカ大陸原産。先住民が儀礼と医療に使っていた。コロンブスの一行が持ち帰り、当初は薬として広まった。フランス大使ジャン・ニコがカトリーヌ・ド・メディシスに勧めたことから、ニコチンの名が付いた。100年でユーラシア全域に達した。オスマン、ムガル、明、そして日本。各地の君主が禁じ、破れば死罪とした例もある。誰も止められなかった。植民地の主要な換金作物になり、ヴァージニアの奴隷制の基礎になった。

場所

セビリャ
37.39°N -5.98°E · スペイン

本文

**原産**。

**アメリカ大陸**。

**ニコチアナ・タバカム**(南米のアンデス東麓が原産とされる)と、**ニコチアナ・ルスティカ**(北米で広く栽培された)。

栽培化——数千年前。

**先住民の用法**。

**日常の嗜好品ではない**。

- **儀礼**。**カルメット**(聖なるパイプ)を回し飲みする。条約の締結、和平、そして祭祀。 - **医療**。傷に貼る、痛みを止める、虫を追う。 - **シャーマン**が、大量に摂取して、幻覚の状態に入る。 - そして、**神への供物**として、煙を捧げる。

(マヤの碑文と土器に、喫煙の場面が描かれている。パレンケの神殿の浮彫に、パイプを吸う神の姿がある。)

**1492年10月**。

コロンブスの一行が、カリブの島で、先住民が乾いた葉を巻いて火をつけ、**煙を吸っている**のを見た。

(船員**ロドリゴ・デ・ヘレス**が、それを試した。ヨーロッパ人で最初の喫煙者とされる。

——彼がスペインに帰って、口と鼻から煙を出すのを見た人々が、**悪魔憑き**だと考えた。

異端審問所が、彼を投獄した。**7年**、と伝えられる。

出てきたときには、スペイン中が喫煙していた。)

**薬として**。

16世紀のヨーロッパで、タバコは**薬草**として広まった。

**ジャン・ニコ**。フランスの外交官。リスボン駐在。

**1560年**、彼はタバコの粉を、フランス王太后**カトリーヌ・ド・メディシス**に送った。

(彼女の息子〈フランソワ2世〉が、激しい**偏頭痛**に苦しんでいた。

粉を嗅ぐと、楽になった、とされる。

——以後、宮廷で流行した。「王妃の草(herbe à la Reine)」。)

彼の名から——

**ニコチアナ**(属名)、そして**ニコチン**。

(ニコチンが単離されたのは、1828年。ハイデルベルクの化学者ポッセルトとライマンによる。)

**当時、効くとされた病**。

頭痛、歯痛、傷、潰瘍、寄生虫、喘息、痛風、そして——**ペスト**。

(1665年のロンドンのペストのとき、**イートン校の生徒が、喫煙を義務づけられた**。予防になると信じられていたからである。吸わない生徒は、鞭で打たれた、という記録が残っている。)

**広がり**。

**100年で、世界を一周した**。

経路——

**スペイン・ポルトガル** → 地中海、アフリカ西岸、そして**アジア**。

- **オスマン帝国**——16世紀末に到達。**コーヒーハウス**と結びついて広がった。**水煙管(ナルギレ)**が発達した。 - **ペルシア**、**ムガル帝国**。 - **中国**——16世紀末、フィリピン(マニラのガレオン貿易)経由。明末。 - **日本**——**1590年代**。ポルトガル船が持ち込んだ。

(「たばこ」の語は、ポルトガル語 tabaco から。

**煙管(キセル)**——語源はカンボジア語 khsier〈管〉とされる。

日本の喫煙具は、独自に発達した。刻みタバコを、小さな火皿で少量ずつ吸う。)

- **ロシア**、**シベリア**、そして**極北**。 - **オーストラリアとニューギニア**——先住民が、独自に、あるいは交易で得た。

**禁止**。

各地の君主が、次々に禁じた。

- **1604年**、イングランド王**ジェームズ1世**が、『**タバコへの反論**』を書いた。

「**目に忌まわしく、鼻に憎むべく、脳に有害であり、肺に危険であり、その黒く悪臭を放つ煙は、底なしの穴から立ち上る、恐るべきステュクスの煙に、最も近い**」。

(彼は、輸入税を**4000%**引き上げた。密輸が激増した。数年で、税を下げた。)

- **1633年**、オスマン帝国の**ムラト4世**。**喫煙を、死罪とした**。

(彼は、変装して市中を歩き、喫煙者を見つけて、その場で処刑させた、と伝えられる。数千人が殺されたとされる。

——**それでも、止まらなかった**。彼の死後、禁令は緩んだ。)

- **1634年**、ロシアの**ミハイル・ロマノフ**。喫煙者の鼻を裂く刑。再犯は死刑。

(ピョートル1世が、1697年に解禁した。彼自身が、オランダで喫煙を覚えた。そして、**イギリスに専売権を売って、金を得た**。)

- **明**と**清**。1630年代から、繰り返し禁令。効果なし。 - **日本**。1609年から、幕府が繰り返し禁令を出した。

(火事の危険と、耕地が煙草に転換されることが理由。

——**効果はなかった**。18世紀には、幕府自身が課税の対象にした。)

- **教皇**。17世紀、教会内での嗅ぎタバコを禁じた。1724年、**ベネディクトゥス13世**が、禁令を撤回した。**彼自身が、嗅ぎタバコを好んだ**からである。

**なぜ、止まらなかったか**。

**ニコチンに、強い依存性がある**。

(脳のアセチルコリン受容体に結合し、ドーパミンの放出を促す。依存の形成が、極めて速い。

現在の評価では、**ヘロインとコカインに匹敵する、あるいはそれ以上の依存性**を持つとされる。)

**経済**。

**ヴァージニア**。

1607年、**ジェームズタウン**。イングランド最初の恒久的な植民地。

**最初の数年、飢えと病で、壊滅寸前だった**。

**1612年**、**ジョン・ロルフ**が、カリブから持ち込んだ品種(*N. tabacum*。それまで現地で栽培されていた *N. rustica* より、味が穏やか)を試した。

(彼は、後に**ポカホンタス**と結婚する人物である。)

**成功した**。

1617年、ヴァージニアからの輸出——2万ポンド(重量)。 1620年——4万ポンド。 1630年代——**150万ポンド**。 1670年代——**2000万ポンド**。

**タバコが、この植民地を成り立たせた**。

(一時期、**タバコが通貨として使われた**。給料も、税も、そして——妻を娶るための費用も、タバコの重量で支払われた。

1619年、90人の女性が、結婚相手を求めてヴァージニアへ送られた。一人につき、**タバコ120ポンド**。)

**そして、労働力**。

タバコの栽培は、極めて労働集約的である。

(種蒔き、移植、芽かき、虫取り、収穫、乾燥、選別。すべて手作業。)

当初は、**年季奉公人**(イングランドの貧民が、数年の労働と引き換えに渡航費を得る)が担った。

**1619年8月**、ヴァージニアに、**アフリカ人が20数人**、船で運ばれた。

(当初の彼らの法的な地位は、年季奉公人に近かった可能性が指摘されている。しかし、17世紀後半、法が整備され、**世襲の奴隷制**が確立した。)

**タバコと、砂糖と、綿**。

この三つが、大西洋の奴隷制を成り立たせた作物である。

**害**。

**19世紀まで、害はほとんど認識されていなかった**。

(むしろ、薬とされた。)

**20世紀**。

- **紙巻きタバコ**。1880年、**ジェームズ・ボンサック**が、巻く機械を発明した。手で巻けば一人が一日200本。機械は、**一分で200本**。

(安く、大量に。そして、**煙を肺の奥まで吸い込む**形の喫煙が広まった。葉巻とパイプは、口の中で味わう。紙巻きは、吸い込む。**害が、格段に大きい**。)

- **二つの大戦**。兵士に、配給された。(アメリカ軍のレーションに、タバコが含まれていた。) - 20世紀半ば、アメリカとイギリスの成人男性の喫煙率が、**8割前後**に達した。

**証拠**。

- 1929年、ドイツの**フリッツ・リッキント**が、統計的な関連を指摘した。 - 1939年、**フランツ・ヘルマン・ミュラー**の症例対照研究。

(皮肉なことに、**ナチス・ドイツが、世界で最初の組織的な反喫煙運動を行った**。ヒトラー自身が嫌煙家だった。ただし、その研究は、戦後、長く無視された。)

- **1950年**、**リチャード・ドール**と**オースティン・ブラッドフォード・ヒル**(イギリス)、そして**ワインダー**と**グレアム**(アメリカ)が、それぞれ症例対照研究を発表した。 - **1951年〜**、ドールとヒルの「**イギリス人医師研究**」。**4万人の医師を、50年間、追跡した**。

(1954年の中間報告で、既に明確な関連が示された。

そして、**この研究に参加していた医師たち自身が、次々に禁煙した**。イギリスの医師の喫煙率は、一般人口より数十年早く下がった。)

- **1964年**、アメリカ**公衆衛生局長官報告**。政府として、公式に因果関係を認めた。

**産業の対応**。

タバコ産業は、**数十年、疑いを製造した**。

(1953年、主要各社が集まり、広報会社ヒル・アンド・ノールトンの助言で「**タバコ産業研究委員会**」を作った。

戦略——**因果関係を否定するのではなく、「まだ議論がある」と言い続ける**。

内部文書(1969年、ブラウン・アンド・ウィリアムソン社)に、一行がある。

「**疑いこそが、我々の商品である。それが、大衆の心にある『事実の集合体』と競争する、最良の手段だからである**」。

——この文書は、1990年代の訴訟で公開された。)

**1998年**、**マスター和解合意**。46州と主要各社が、**総額2,060億ドル**(25年間)で和解した。そして、内部文書が公開された。

(その数千万ページが、いまカリフォルニア大学サンフランシスコ校のアーカイブで、誰でも読める。)

**現在**。

WHOの推計で、タバコによる死者——**年間800万人以上**(うち約130万人が受動喫煙)。

20世紀に、タバコが原因で死んだ人の数——**推定1億人**。

(21世紀は、**10億人**に達する可能性がある、と警告されている。)

喫煙率は、高所得国では下がり続けている。

**低・中所得国では、下がっていない**。産業の販売の努力が、そちらへ移った。

**そして**。

500年前、カリブの島で、船員が試しに吸ってみた葉である。

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