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Event / できごと

ボサノヴァの誕生

Chega de Saudade
AD1958年
重要度 3
大英帝国ブラジルアルゼンチンペルーコロンビアボリビアベネズエラチリパラグアイエクアドルガイアナウルグアイスリナム仏領ギアナAD1958年リオデジャネイロ
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1958年の版図を描いています(14勢力)。

概要

1958年、リオデジャネイロで、ジョアン・ジルベルトが「シェガ・ジ・サウダージ」を録音した。作曲はアントニオ・カルロス・ジョビン、詞はヴィニシウス・ジ・モライス。サンバの揺れを、ギターの指の爪弾きに移し、声を張らずにささやくように歌う。海辺の町の若者たちの、新しい感じの音楽という意味で「ボサノヴァ」と呼ばれた。1962年の「イパネマの娘」はアメリカのジャズの奏者と組んで世界に広まる。軍事政権の時代が来ると、若い音楽家たちはより政治的な歌へ向かった。

場所

リオデジャネイロ
-22.91°N -43.17°E · ブラジル

本文

1950年代のブラジルは、上り調子の国だった。大統領ジュセリーノ・クビチェックは「五十年を五年で」と唱えて工業を進め、内陸に新しい首都ブラジリアを建てていた。リオデジャネイロの海辺のコパカバーナやイパネマのアパートには、アメリカのジャズを聴き、新しい音楽を探す中流の若者たちが集まっていた。

バイーア州の小さな町から出てきたジョアン・ジルベルトは、何年も仕事に恵まれず、友人の家を転々としながら、浴室にこもってギターを弾き続けたと伝えられる。彼が編み出したのは、サンバの打楽器の複雑な揺れを、ギターの右手の指だけで刻む弾き方だった。歌は、声を張り上げず、ささやくように、ビブラートをかけずに歌う。

1958年、ジルベルトは、作曲家アントニオ・カルロス・ジョビンと詩人ヴィニシウス・ジ・モライスの作った「シェガ・ジ・サウダージ」を録音した。サウダージは、ポルトガル語で、失ったものや遠いものへの切ない思いを表す言葉である。翌年のアルバムで、この音楽は若者たちに広まった。「ボサ」は新しい感じや流儀のことで、「ボサノヴァ」は新しい流儀という意味になる。

1962年、ジョビンとモライスは「イパネマの娘」を作った。1964年、アメリカのサックス奏者スタン・ゲッツとジルベルトが組んだアルバムでこの曲が歌われ、世界でヒットする。しかし同じ1964年、ブラジルでは軍がクーデターで権力を握った。検閲と弾圧が強まる中で、次の世代の音楽家たちは、ボサノヴァの静けさから離れ、政治と社会を歌う音楽へ向かった。

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