概要
1958年、リオデジャネイロで、ジョアン・ジルベルトが「シェガ・ジ・サウダージ」を録音した。作曲はアントニオ・カルロス・ジョビン、詞はヴィニシウス・ジ・モライス。サンバの揺れを、ギターの指の爪弾きに移し、声を張らずにささやくように歌う。海辺の町の若者たちの、新しい感じの音楽という意味で「ボサノヴァ」と呼ばれた。1962年の「イパネマの娘」はアメリカのジャズの奏者と組んで世界に広まる。軍事政権の時代が来ると、若い音楽家たちはより政治的な歌へ向かった。
場所
-22.91°N -43.17°E · ブラジル
本文
1950年代のブラジルは、上り調子の国だった。大統領ジュセリーノ・クビチェックは「五十年を五年で」と唱えて工業を進め、内陸に新しい首都ブラジリアを建てていた。リオデジャネイロの海辺のコパカバーナやイパネマのアパートには、アメリカのジャズを聴き、新しい音楽を探す中流の若者たちが集まっていた。
バイーア州の小さな町から出てきたジョアン・ジルベルトは、何年も仕事に恵まれず、友人の家を転々としながら、浴室にこもってギターを弾き続けたと伝えられる。彼が編み出したのは、サンバの打楽器の複雑な揺れを、ギターの右手の指だけで刻む弾き方だった。歌は、声を張り上げず、ささやくように、ビブラートをかけずに歌う。
1958年、ジルベルトは、作曲家アントニオ・カルロス・ジョビンと詩人ヴィニシウス・ジ・モライスの作った「シェガ・ジ・サウダージ」を録音した。サウダージは、ポルトガル語で、失ったものや遠いものへの切ない思いを表す言葉である。翌年のアルバムで、この音楽は若者たちに広まった。「ボサ」は新しい感じや流儀のことで、「ボサノヴァ」は新しい流儀という意味になる。
1962年、ジョビンとモライスは「イパネマの娘」を作った。1964年、アメリカのサックス奏者スタン・ゲッツとジルベルトが組んだアルバムでこの曲が歌われ、世界でヒットする。しかし同じ1964年、ブラジルでは軍がクーデターで権力を握った。検閲と弾圧が強まる中で、次の世代の音楽家たちは、ボサノヴァの静けさから離れ、政治と社会を歌う音楽へ向かった。