スティクレスタッドの戦い

概要
ノルウェーを無理にキリスト教にした王が、豪族に追われ、ルーシから戻って農民の軍に殺された。日食の日と伝わるが、日食は1か月後だった。翌年、遺体が腐っておらず、聖人になった。殺した側が、彼の名で国をまとめた。永遠の王。
場所
63.80°N 11.57°E · ノルウェー
関わった人(1)
オーラフ2世(聖オーラフ)AD995年頃–AD1030年7月29日 · 殺された本文
オーラフ・ハラルドソン(オーラフ2世(聖オーラフ))は、10世紀の末にノルウェーの小王の家に生まれ、若いころはヴァイキングとしてバルト海からイングランド、フランス、スペインの海岸まで荒らし回った。ノルマンディーでキリスト教の洗礼を受けたとされる。1015年、ノルウェーに戻って王を名乗り、翌1016年、ネシャルの海戦でデンマーク王に従う豪族の軍を破って、国の大半を手に入れた。
オーラフは、先代のオーラフ・トリグヴァソンが始めたキリスト教化を、力ずくで推し進めた。イングランドから司教と司祭を招いて各地に教会を建てさせ、古い神々の神殿を壊し、改宗を拒む豪族を殺し、目を潰し、手足を切ったと伝えられる。王の権力を地方へ広げ、法を整えた王でもあったが、その厳しさは古い家柄の豪族たちの恨みを買った。のちの聖人伝は彼を聖なる王として描き、別の伝えは暴君として語る。

そのころ北の海には、イングランドとデンマークの王を兼ねる大国の君主クヌートがいた(クヌートの北海帝国)。クヌートはノルウェーも自分のものだと主張し、オーラフに不満を持つ豪族たちに金を贈って味方につけた。1026年、オーラフはスウェーデン王と組んでデンマークを攻めたが、スコーネのヘルゲオー川の戦いで決着がつかず、退いた。1028年、クヌートが大艦隊でノルウェーに来ると、豪族たちは次々にクヌートを王と認め、オーラフは国を追われた。
オーラフは東へ逃れ、キエフのヤロスラフ賢公のもとに身を寄せた。ヤロスラフの妃インギゲルドはスウェーデン王の娘で、オーラフの妃アストリッドとは異母姉妹だった。1029年、クヌートがノルウェーの統治を任せた豪族ホーコンが海で遭難して死んだと聞くと、オーラフは国を取り戻す好機とみた。1030年、幼い息子マグヌスをキエフに残し、スウェーデンで兵を集めて山を越えた。キリスト教徒でない者は軍に加えなかったため、兵の数は思うように増えなかったという。
1030年7月29日、オーラフの軍は、トロンハイムの北東のヴェルダール谷のスティクレスタッドで、豪族と農民の大軍と向き合った。敵を率いたのは、かつてオーラフに仕えたカールヴ・アルネソン、北の豪族ソーリル・フント、ハーレクらである。13世紀のアイスランドの歴史家スノッリの『ヘイムスクリングラ』(スノッリ『ヘイムスクリングラ』)は、王の軍が「進め、キリストの民、十字架の民、王の民」と叫び、農民の軍は「進め、農民の民」と叫んで突き進んだと書いている。兵の数は王の側が3600、農民の側がその数倍とされるが、これもスノッリの伝える数である。

戦いは昼過ぎに始まった。スノッリによれば、オーラフは膝の上を斧で斬られ、倒れたところをソーリル・フントの槍に腹を突かれ、カールヴの剣を首に受けて死んだ。戦いのさなかに太陽が暗くなり、空が赤く染まったとも伝える。実際にこの地方で皆既日食が見えたのは、同じ年の8月31日で、戦いの一か月後である。聖人の死に天のしるしを添える語りの中で、二つの出来事が重ねられたと考えられている。
王の遺体は、トルギルスという農民がひそかに運び出し、ニーダロス(いまのトロンハイム)の近くの砂地に埋めた。そのころからオーラフの遺体にまつわる奇跡の噂が広まり始めた。1031年8月3日、司教グリムケルが遺体を掘り出すと、遺体は腐っておらず、髪と爪が伸びていたと伝えられる。司教はオーラフを聖人と宣言し、遺体は町の教会の祭壇に安置された。

王の死によって豪族たちが得たものは、期待に反していた。クヌートは息子スヴェインと、その母アルフィーヴァ(エルフギフ)をノルウェーの統治に送り込んだ。二人は重い税と厳しい法を課し、「アルフィーヴァの時代」は後々まで悪政の代名詞として語られた。1035年、かつてオーラフを殺した側の豪族たちは、キエフにいたオーラフの息子マグヌスを呼び戻して王に立てた。マグヌスはまだ11歳ほどだった。同じ年にクヌートも死に、北海の帝国は崩れた。殺された王は聖人となり、殺した者たちがその名のもとに国をまとめたのである。
聖オーラフの崇拝は北欧じゅうに広まった。墓の上には、のちにニーダロス大聖堂が建てられ、中世の北欧で最も重要な巡礼地になった。ロンドンにも、ノヴゴロドにも、コンスタンティノープルにも、オーラフに献げた教会が建てられた。コンスタンティノープルでは、ビザンツ皇帝に仕える北欧出身の親衛隊が彼を守護聖人として拝んだ。12世紀には、オーラフは「ノルウェーの永遠の王」と呼ばれ、歴代の王は彼から国を預かる者とされた。
ノルウェーの国章の、冠をかぶった獅子が前足で握る斧は、聖オーラフの斧とされる。毎年7月29日はオルソク(オーラフの祭り)と呼ばれ、スティクレスタッドでは1954年から、王の最期を演じる野外劇が上演されている。