スノッリ『ヘイムスクリングラ』

概要
アイスランドの族長が、ノルウェーの王たちの歴史を、神話の時代から1177年まで書いた。「世界の輪」。詩人の詩を証拠にした。「詩は嘘をつけない。韻が壊れるから」。ハーラル美髪王も、オーラフ聖王も、ハラルド苛烈王も、彼の書いた姿で残っている。
場所
64.66°N -21.29°E · アイスランド
関わった人(1)
スノッリ・ストゥルルソンAD1179年–AD1241年9月23日 · 著者本文
『ヘイムスクリングラ』は、ノルウェーの王たちの歴史を、神話の時代から1177年まで書き通した本である。書いたのは、ノルウェーではなくアイスランドの人だった。題は、いちばん古い写本「クリングラ」の書き出しの言葉、「クリングラ・ヘイムシンス」(世界の輪)からとられた。人の住む大地の輪は、多くの入り江に切り込まれている、と本は始まる。著者をスノッリ・ストゥルルソンとするのは中世の写本そのものではなく16世紀の写しや訳の記述によるが、文体や中身から、彼の作とみるのが通説である。
スノッリ・ストゥルルソンは1179年、アイスランドの有力な族長の家に生まれ、幼いころから南部のオッディで、ノルウェー王家の血を引く族長ヨーン・ロフトソンに育てられた。オッディは学問の中心で、彼はここで系譜と古い詩と王たちの物語を身につけた。やがて結婚と相続で富を集め、西部のレイクホルトに館を構えて、島の法を唱える法の宣言者を二度務めた。神話と詩の作法を説いた『エッダ』(スノッリ『エッダ』)も彼の作で、『エギルのサガ』(エギル・スカラグリムソン)を彼の作とみる研究者も多い。

本は16のサガでできている。最初のユングリンガ・サガでは、オーディンは神ではなく、アジアから北へ移ってきた王として描かれる。神々を昔の偉い人間だったと説明するこの書き方で、キリスト教徒の著者は異教の神話を歴史の頭に置くことができた。そのあとに、ノルウェーを一つにまとめたハーラル美髪王が来る。ある豪族の娘ギューダに「ノルウェー全土の王でなければ嫁がない」と言われ、それを果たすまで髪を切らないと誓い、ハフルスフィヨルドの戦いを経て王国をまとめた、という話はこの本で広く知られるようになった。オーラフ・トリグヴァソンがスヴォルドの海戦で敗れて海へ身を投げる場面も、ここにある。
もっとも長いのは、ノルウェーをキリスト教の国にしようとして倒れ、死後に聖人とされたオーラフ2世(聖オーラフ)のサガで、全体のおよそ3分の1を占める。そのあとに、ビザンツで傭兵を務めて帰り、1066年にイングランドへ攻め込んで死んだハラルド苛烈王が続く(スタムフォード・ブリッジの戦い)。後半は王位をめぐる身内の争いの時代で、1177年、マグヌス・エルリングソンの治世の途中で筆が止まる。その先はすでに『スヴェッリのサガ』が書かれていたからだとされる。

序文で、スノッリは材料の選び方を書いている。古い系譜と学者の話のほかに、王に仕えた宮廷詩人(スカルド)の詩を使う。詩は王本人とその家来の前で歌われたもので、王のしていない手柄を歌えば、それは讃えではなく嘲りになる。だから詩に歌われた戦いと遠征は本当だと考える、という。韻律の決まりが厳しい詩は、作られたままの形で伝わりやすい、とも書いた。証拠の出どころを示し、その確かさを論じる書き方は、中世の年代記としては珍しい。ただし、本にある長い会話や心の動きはスノッリが書き足したもので、物語としての見事さと、史実としての確かさは分けて読む必要がある。
スノッリ自身は、ノルウェー王家と深く関わっていた。1218年から1220年にかけてノルウェーへ渡り、若い王ハーコン4世と、実権を握るスクーレ伯に迎えられて王の家臣となった。アイスランドをノルウェー王に従わせるよう働く約束をしたとされるが、帰ってからそれを果たさなかった。のちに王と対立したスクーレ伯に近づいたこともあり、王の怒りを買った。1241年9月23日の夜、王の命を受けた族長ギツル・ソルヴァルズソンの一隊がレイクホルトを襲い、地下の部屋に隠れていたスノッリは「斬るな」と叫んだが斬られた。62歳前後だった。それから20年ほどのちの1262年から64年にかけて、アイスランドはノルウェー王に服した。

写本「クリングラ」は、1728年のコペンハーゲンの大火で焼け、1葉だけが残った。本文は、焼ける前に作られていた写しから伝わっている。19世紀、デンマークとスウェーデンに長く従ってきたノルウェーで、この本は国の古い栄光を伝える書として読まれ、1899年には画家ヴェレンショルらの挿絵がついた国民向けの訳が出て、多くの家庭に置かれた。1905年の独立(ノルウェーの独立)の前夜のことである。
アイスランド人が、200年以上前のノルウェーの王たちを、自分の時代の目で書いた本である。どこまで本当かは、場面ごとに確かめるしかない。それでも、この本がなければ、ノルウェーの最初の300年はほとんど語れない。