ヴェーダの成立
概要
口誦で伝えられた讃歌が、後のヒンドゥー教の根になる。カーストの原型もこの時期に現れる。
場所
30.63°N 72.86°E · パキスタン・パンジャブ州
本文
紀元前2千年紀の中ごろ、インダス川の流れる北西インドに、インド・アーリヤ系の言葉を話す人々が現れた。かつてこの地に栄えたインダス文明の都市は、すでに衰えていた(インダス文明の衰退)。新しく来た人々は牛を財産とする牧畜の民で、馬と、馬に引かせる軽い戦車を持っていた。彼らが神々に捧げた讃歌の集まりが、ヴェーダである。
この人々がどこから来たのかについては、長い議論がある。サンスクリット語がギリシア語やラテン語、ペルシア語とよく似た言葉であることは、18世紀末にイギリスの法律家ウィリアム・ジョーンズが指摘して以来知られている。中央アジアの草原から南へ移ってきた人々がこの言葉をもたらした、という説が研究者のあいだでは有力である。紀元前14世紀ごろのヒッタイトの条約文書に、ミタンニの王が誓う神としてミトラ、ヴァルナ、インドラといったヴェーダの神々の名が出てくることも、この言葉を話す人々が西アジアにまで広がっていた証とされる。ただし、19世紀に唱えられたような、肌の白い「アーリヤ人」が先住民を征服したという図式は、当時の人種論と結びついたもので、いまは退けられている。インドの国内には、この人々はもともとインドにいたとする説もあり、この問題は政治の議論にもなってきた。

最も古いヴェーダは『リグ・ヴェーダ』で、10巻、1000を超える讃歌からなる。成立は紀元前1500年から1000年ごろと推定されるが、確かな年代は分からない。神々への讃歌の多くは、雷を操り、水をせき止めていた竜を倒した英雄神インドラ、祭りの火そのものである火の神アグニ、そして興奮をもたらす飲み物ソーマに捧げられている。人々は火の前で祭式を行い、讃歌を唱えて神々を招き、供物を捧げて、牛や子孫や勝利を願った。
『リグ・ヴェーダ』の言葉は、ゾロアスター教の聖典アヴェスターの古い部分の言葉ととてもよく似ていて、ある程度は音の対応で互いに言い換えられるほどである。二つの民はもともと一つの集団から分かれたと考えられている。
ヴェーダは、文字ではなく口で伝えられた。祭式を担うバラモンの家では、子どもが幼いころから讃歌を暗記した。一語ずつ区切って唱える、二語ずつ前後を入れ替えて唱えるなど、何通りもの唱え方を組み合わせて、一字一句、さらには音の高低まで違えずに伝える技法が発達した。そのため、3000年ほど前の言葉の音が、かなり正確に残っていると考えられている。ヴェーダが書き記されたのはずっと後のことで、現存する写本は古いものでも千年ほど前のものにすぎない。このヴェーダの唱え方は、2008年にユネスコの無形文化遺産に登録された。
人々は時代とともに東へ移り、ガンジス川の流域に入っていった。紀元前1000年ごろからは鉄が使われるようになり、森を切り開いて稲を育てる暮らしが広がった。小さな部族の集まりは、王を戴く国へとまとまっていった。この時期には『サーマ・ヴェーダ』『ヤジュル・ヴェーダ』『アタルヴァ・ヴェーダ』も編まれ、祭式の手順を細かく説く書物が加わった。祭式はますます複雑になり、それを正しく執り行えるバラモンの力が強まった。

『リグ・ヴェーダ』の新しい部分には、社会を四つの身分に分けて語る讃歌がある。神々が原初の巨人を供物として捧げたとき、その口からバラモン(祭官)、腕からクシャトリヤ(王侯・戦士)、腿からヴァイシャ(庶民)、足からシュードラ(隷属民)が生まれた、と。これがヴァルナと呼ばれる身分の区分の原型である。ただし、この讃歌は後の時代に加えられたものとみられており、その時期の社会がこの区分どおりに動いていたかは分からない。後のインドの社会を形作った、職業や出生で細かく分かれた数千の集団(ジャーティ)の仕組みは、さらにずっと後に形を整えたもので、ヴェーダの四つの区分とそのまま同じものではない。
ヴェーダの時代の終わりごろ、祭式の意味そのものを問う思索が現れた。森に住む修行者たちが、宇宙の根本にあるもの(ブラフマン)と、自分の本当の姿(アートマン)とは何か、を問うた記録がウパニシャッドの成立である。祭式で神々を動かすことよりも、真理を知ることで生死の繰り返しから抜け出すことが目指されるようになった。

紀元前5世紀ごろには、バラモンの権威と祭式そのものを否定する思想家たちが現れた。仏教を開いたゴータマ・シッダールタや、ジャイナ教のマハーヴィーラである。彼らはヴェーダの権威を認めなかったが、生まれ変わりや業(カルマ)といった考えはこの時代の思索から受け継いでいる。
一方で、ヴェーダの言葉を正しく保つための学問も育った。紀元前4世紀ごろ、パーニニの文法はサンスクリット語の文法を規則の体系にまとめ上げた。ヴェーダは、後のヒンドゥー教の根として、いまも最も神聖な聖典とされている。インドの結婚式や葬儀では、3000年前の讃歌がいまも唱えられている。