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Event / できごと

ポケットモンスターの発売

Pokémon Red and Blue
AD1996年2月27日
重要度 4
ロシア中国モンゴルビルマ大英帝国タイ日本ベトナムラオスフィリピンカンボジア朝鮮民主主義人民共和国大韓民国AD1996年2月27日東京
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1996年2月27日の版図を描いています(13勢力)。

概要

1996年2月27日、任天堂の携帯用ゲーム機ゲームボーイのソフト『ポケットモンスター 赤・緑』が発売された。作ったのは、子どものころ町田の雑木林で虫を捕って遊んだ田尻智のゲームフリークである。151種の「ポケモン」を捕まえて育て、通信の線で友達と交換する。赤と緑でそれぞれにしか出ないポケモンがいて、全部を集めるには友達が要った。発売の直後は目立たなかったが、口伝えで広がり、アニメとカードゲームが加わって世界に広がる。日本で生まれたものとして、世界で最も稼いだキャラクターの一つになった。

場所

東京
35.68°N 139.77°E · 日本・東京都

本文

田尻智は、1965年に東京の町田で生まれた。子どものころ、家の近くの雑木林や田んぼで虫を捕って遊んだ。やがて林は切られて団地になり、虫はいなくなった。いまの子どもたちにも、あの虫捕りの楽しさを味わわせたい。ゲームボーイの本体を二台つなぐ通信の線を見たとき、その線の上を虫が行き来するさまを思い描いたという。

田尻は、ゲームの雑誌を作る仲間と会社ゲームフリークを作り、6年をかけて『ポケットモンスター』を完成させた。1996年2月27日、任天堂からゲームボーイのソフトとして『赤』と『緑』の2本が発売される。151種の不思議な生き物「ポケモン」を、野原や洞窟で捕まえて育て、戦わせる。『赤』と『緑』では出てくるポケモンが少しずつ違い、全部を集めるには、友達と通信の線でつないで交換しなければならなかった。

発売の当時、ゲームボーイは発売から7年がたった古い機械で、ソフトは大きな宣伝もされなかった。しかし、子どもたちの口伝えで評判が広がり、雑誌で幻のポケモン「ミュウ」をもらえる企画が当たって、売上が伸び続けた。1997年にはアニメの放送とカードゲームが始まる。その年の12月には、アニメの点滅する画面を見た子どもたちが全国で体の具合を悪くする出来事が起き、テレビの映像の作り方の決まりが改められた。

1998年からは海外でも売り出され、ゲーム、アニメ、カード、映画、玩具を合わせて、世界で最も大きな売上を上げた作品群になった。2016年には、スマートフォンで実際の町を歩いてポケモンを捕まえる『ポケモンGO』が出て、世界中の人々が外を歩き回った。子どもの虫捕りの楽しみが、形を変えて世界へ広がったのである。

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