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Event / できごと

堺市のO157集団食中毒

1996 Sakai E. coli outbreak
AD1996年
重要度 3
ロシア中国インドモンゴルビルマ大英帝国タイ日本ベトナムラオスフィリピンカンボジア朝鮮民主主義人民共和国大韓民国AD1996年堺
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1996年の版図を描いています(14勢力)。

概要

1996年7月、大阪府の堺市で、小学校の給食を食べた子どもたちが、次々に激しい腹痛と血の混じった下痢に襲われた。腸管出血性大腸菌O157による食中毒で、患者は九千人を超え、子どもが亡くなった。厚生省は原因としてカイワレ大根の疑いを発表し、カイワレは全国の店から消え、生産者は打撃を受けた。のちに裁判所は、確かな根拠が無いまま発表したとして国に賠償を命じている。この事件のあと、給食の衛生の基準が厳しくされ、食べ物を十分に加熱するという習慣が、家庭にも広まった。

場所

堺
34.57°N 135.48°E · 大阪府

本文

腸管出血性大腸菌O157は、牛の腸にいることのある菌で、わずかな数でも人の体に入ると、毒素を出して激しい腹痛と血の混じった下痢を起こす。子どもやお年寄りでは、腎臓が働かなくなる重い合併症を起こし、命にかかわることがある。1982年、アメリカでハンバーガーによる食中毒の原因として初めて見つかった。

1996年の5月から、日本の各地でO157の食中毒が相次いだ。7月、大阪府の堺市で、市内の小学校の多くの子どもたちが、同じように腹痛と下痢を訴えて病院に運ばれた。どれも学校給食を食べた子どもたちだった。患者は子どもと家族を合わせて九千人を超え、子どもたちが亡くなった。後遺症に苦しんだ人もいる。

原因を探した厚生省は、8月、給食の食材のうち、特定の農家のカイワレ大根が疑わしいと発表した。確かな証拠は無かった。カイワレ大根は全国の店から消え、生産者は売上を失った。当時の厚生大臣の菅直人は、安全を訴えるためにカメラの前でカイワレを食べてみせた。のちに生産者たちが国を訴え、裁判所は、根拠が十分でないまま公表したことは違法だとして、国に賠償を命じた。

事件のあと、国は学校給食の衛生の基準を大きく改めた。調理場で肉や野菜を扱う場所を分け、食材を中心まで十分に加熱し、調理した物の一部を二週間保存して、何か起きたときに調べられるようにする。飲食店でも生の牛の肝臓を出すことが、のちに禁じられた。生で食べることを好む日本の食の習慣が、見直されるきっかけになった。

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