概要
二期目の任期の終わりが近づいたフィリピンの大統領フェルディナンド・マルコスは、1972年9月、共産主義の反乱の脅威を理由に、国じゅうに戒厳令を敷いた。議会は閉じられ、野党の指導者や記者が捕らえられ、新聞と放送は押さえられる。戒厳令は九年続き、その後も独裁は続いた。政府に反対する数千人が殺され、多くが拷問を受けた。大統領一家とその取り巻きは国の富を私物化し、妻の靴の数まで語り草になる。独裁は1986年の人びとの力の革命で倒れた。
場所
マニラ
14.60°N 120.98°E · フィリピン
14.60°N 120.98°E · フィリピン
本文
任期の終わり。
二期目の任期の終わりが近づいた、フィリピンの大統領フェルディナンド・マルコス。
(1)1972年9月、共産主義の反乱の脅威を理由に、国じゅうに戒厳令を敷いた。
(2)そして、議会は閉じられた。
(3)さらに、野党の指導者や記者が捕らえられ、新聞と放送は押さえられた。
九年と、その後。
戒厳令は九年続き、その後も独裁は続いた。
(1)政府に反対する数千人が殺された。
(2)そして、多くが拷問を受けた。
(3)さらに、大統領一家とその取り巻きは、国の富を私物化した。
残ること。
独裁は、1986年のピープルパワー革命で倒れた。
その息子が、三十六年後に大統領に選ばれた。記憶は、選挙で書き換えられることがある。