概要
2007年5月10日、熊本市のカトリック系の慈恵病院は、育てられない事情を抱えた親が、名前を明かさずに赤ちゃんを預けられる窓口を設けた。「こうのとりのゆりかご」と名づけられた。窓の扉を開けて赤ちゃんを保育器に置くと、病院の人が駆けつける。病院は、捨てられて命を落とす赤ちゃんを救いたいと考えた。ドイツの「赤ちゃんポスト」を手本にしていた。育児の放棄を助長するという批判もあったが、15年あまりで170人を超える子どもが預けられた。病院は2021年から、母親が病院にだけ身元を明かして出産する「内密出産」にも取り組んでいる。
場所
32.80°N 130.71°E · 日本・熊本県
本文
子どもを産んでも育てられない事情を抱えた母親が、誰にも相談できないまま赤ちゃんを捨て、その赤ちゃんが命を落とす。そうした事件は、昔から繰り返されてきた。中世のヨーロッパの修道院や孤児院には、回転する箱を備えた窓があり、名前を明かさずに赤ん坊を置いていけるようになっていた。
2000年、ドイツのハンブルクで、名前を明かさずに赤ちゃんを預けられる「ベビークラッペ」(赤ちゃんの扉)が設けられ、ドイツの各地やヨーロッパの国々に広がった。熊本市の慈恵病院の院長、蓮田太二は、ドイツを訪れてこの仕組みを見学し、日本にも同じものが要ると考えた。慈恵病院は、明治の半ばにフランスの宣教師と修道女たちが始めたハンセン病の患者の救済から生まれた、カトリック系の病院だった。
2007年5月10日、病院の一角に、「こうのとりのゆりかご」と名づけられた窓口が設けられた。外から扉を開けると、中に温度を保った保育器がある。赤ちゃんを置くと知らせの音が鳴り、看護師が駆けつける。扉のそばには、思い直したら連絡してほしいという病院からの手紙が置かれた。
これに対しては、親が子どもを捨てることを認め、育児の放棄を促すことになる、子どもが自分の出自を知る権利を奪うといった批判が出された。熊本市は、病院の申請を受けて、法に反しないとして設置を認めた。政府も、違法とはいえないという立場をとった。
ゆりかごには、運用が始まってから15年あまりの間に、170人を超える子どもが預けられた。預けた親の中には、遠くの県から来た人も多かった。預けられた子どもの多くは、のちに親の身元が分かり、里親や特別養子縁組で新しい家庭に迎えられた子もいる。病院は24時間の電話の相談も受けつけ、2021年からは、母親が病院にだけ身元を明かし、子どもが将来自分の出自を知ることのできる「内密出産」にも取り組んでいる。日本でゆりかごを設けた病院は、長いあいだ慈恵病院だけだったが、2025年、東京の病院が二番目の窓口を設けた。