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Event / できごと

六月民主抗争

June Democratic Struggle
AD1987年6月29日
重要度 4

概要

ソウル大生朴鍾哲が拷問で死に、延世大生李韓烈が催涙弾で死んだ。6月、全国で数百万。ソウル五輪の前年。与党の盧泰愚が大統領直選を受け入れた。「6・29宣言」。憲法が変わり、それ以来大統領は国民が選ぶ。

場所

漢城(ソウル)
37.57°N 126.98°E · 大韓民国

本文

1987年。全斗煥の任期の最後の年。 憲法は大統領を選挙人団が選ぶ。「体育館選挙」。 1月14日、ソウル大生朴鍾哲が南営洞の対共分室で水拷問で死んだ。警察は「机をタンと叩いたら、アッと言って死んだ」。 5月18日、天主教正義具現司祭団が「拷問致死を隠蔽した」と暴露。 4月13日、全斗煥は「憲法は変えない。次の大統領も同じ方法で」。護憲措置。 6月9日、延世大生李韓烈が催涙弾を頭に受けた。写真。「韓烈を生かせ」。 6月10日、民正党が盧泰愚を候補に指名した日。全国で「独裁打倒、護憲撤廃」。 明洞聖堂に学生が籠った。 「ネクタイ部隊」。会社員が昼休みに出た。タクシーがクラクションを鳴らした。 6月26日、全国33都市で100万以上。 軍を出すかどうか。全斗煥は迷った。アメリカが「軍は使うな」。翌年のソウル五輪。 6月29日、盧泰愚が「6・29宣言」。大統領直選制、金大中の赦免復権、言論の自由。 7月5日、李韓烈が死んだ。7月9日、葬儀に100万。 10月、新憲法。国民投票93%。第六共和国。 12月、選挙。金泳三と金大中が割れて、盧泰愚が36%で当選した。

「6月抗争」。「6・10」。 1987年体制。5年単任の大統領、直選。それから憲法は変わっていない。 1993年、金泳三。文民。1998年、金大中。与野党交代。 2016年、朴槿恵の弾劾を求めたキャンドル集会。「1987」の子供たち。 2017年の映画『1987、ある闘いの真実』。 朴鍾哲が死んだ南営洞の対共分室は、いま民主人権記念館。 李韓烈の靴は延世大の記念館にある。

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