概要
射程500から5500キロのミサイルを、米ソが全部壊す。2692基。初めて核兵器の「削減」でなく「全廃」。レーガンは「信頼せよ、だが検証せよ」とロシアの諺を言い、ゴルバチョフが「毎回それを言う」と笑った。2019年、アメリカが離脱した。
場所
38.91°N -77.04°E · アメリカ合衆国
関わった人(2)
ロナルド・レーガンAD1911年2月6日–AD2004年6月5日 · 署名ゴルバチョフAD1931年3月2日–AD2022年8月30日 · 署名本文
1976年。SS-20。「三つの弾頭。移動式。射程5000キロ。ヨーロッパ全部」。 シュミット。1977年。「ユーロ戦略の不均衡」。 1979年12月12日。NATO。「二重決定」。「パーシングIIと巡航ミサイル572基を配備する。同時に、交渉する」。 「ボン。30万人。ハイドパーク。40万人。ニューヨーク。100万人」。 1981年11月。レーガン。「ゼロ・オプション」。「ソ連がSS-20を全部なくせば、我々は配備しない」。「ソ連は、拒む、と思って」。 1983年3月。「悪の帝国」。SDI。 1983年9月。大韓航空007便。 1983年11月。「エイブル・アーチャー」。「ソ連は、本当の攻撃だと」。 11月22日。西ドイツ議会。配備。 11月23日。ソ連が席を立った。 1985年3月。ゴルバチョフ。 1985年11月。ジュネーヴ。「暖炉」。 1986年10月。レイキャヴィク。「核兵器を、全部、なくす」。「SDIで、壊れた」。 1987年2月。ゴルバチョフ。「INFを、SDIから切り離す」。 9月。「二重ゼロ。500〜5500キロ」。 12月8日。ワシントン。イーストルーム。 13時45分。 「ドヴェリャイ、ノー・プロヴェリャイ」。「信頼せよ、だが検証せよ」。 「あなたは、会うたびに、それを言う」。「好きなんだ」。 「アメリカ846基、ソ連1846基」。「2692基」。 「1991年5月まで」。 「現地査察」。「ヴォトキンスク。マグナ」。「13年」。 「初めて、核兵器を、減らすのでなく、なくした」。 「初めて、ソ連の工場に、アメリカの査察官が」。 1988年5月。上院。93対5。 1988年8月。ペルシングIIが、最初に、壊された。 「ゴルバチョフの人気。アメリカで」。 「ゴルビーマニア」。 2014年。オバマ。「ロシアが違反。9M729」。 2018年10月。トランプ。「離脱する」。 2019年2月1日。通告。8月2日。終わった。 「中国。INFの外で、2000基」。 「三者で」。中国は拒んだ。 「32年」。 「イーストルーム」。 「二人が、笑って、署名して、ペンを交換した」。 「写真」。 「その2年後に、壁」。