概要
オックスフォード大学の数学の講師チャールズ・ドジソンは、1862年7月の夏の日、学寮長の娘アリス・リデルら三姉妹を連れて川でボートを漕ぎながら、白いウサギを追って穴に落ちた女の子の話を即興で語った。アリスにせがまれて書き留めた話は、ルイス・キャロルの筆名で、テニエルの挿絵を添えて1865年に出版された。それまでの子どもの本の多くは、良い子になるための教訓を説くものだったが、この本は言葉遊びと奇妙な論理で、ただ読む楽しさを子どもに差し出した。子どもの文学は、ここから大きく変わったといわれる。
場所
51.75°N -1.26°E · イングランド
本文
19世紀のはじめまで、イギリスの子どもの本の多くは、子どもを良い子に育てるための道具だった。神を畏れ、親に従い、怠けず嘘をつかない子が報われ、悪い子は罰を受ける。そうした教訓の物語が、子どもに与えられる本の大半を占めていた。
チャールズ・ラトウィッジ・ドジソンは、1832年、イングランドの牧師の家に生まれ、オックスフォード大学のクライスト・チャーチの数学の講師になった。内気で、話すときにはどもりがちだったが、論理学のパズルや言葉遊びを好み、写真の技術にも凝っていた。彼は、学寮長ヘンリー・リデルの幼い娘たちと親しくなり、よく一緒に遊んだ。
1862年7月4日、ドジソンは、友人とともに、リデル家の三姉妹ロリーナ、アリス、イーディスを連れて、テムズ川でボートを漕いだ。そのとき、10歳のアリスにせがまれて、アリスという女の子が白いウサギを追いかけて穴に落ち、不思議な国で冒険する話を即興で語った。アリスはその話を書いてほしいと頼み、ドジソンは手書きの本『地下の国のアリス』を作って贈った。
ドジソンはこの話を書き足し、ルイス・キャロルという筆名で、風刺画家ジョン・テニエルの挿絵を添えて出版した。1865年に刷られた最初の本は、テニエルが印刷の出来に不満を述べたため回収され、翌年あらためて売り出された。体が大きくなったり小さくなったりするアリス、ニヤニヤ笑いだけを残して消えるチェシャ猫、終わらないお茶会を続ける帽子屋と三月ウサギ、「首をはねよ」と叫ぶハートの女王。言葉遊びと、筋の通らない筋の通し方が、次々に繰り出される。
この本には、子どもに教えるべき教訓がほとんど無かった。むしろ、当時の子どもたちが暗唱させられていた教訓の詩をもじり、大人の世界の理屈の奇妙さを笑い飛ばした。子どもの本は、子どもを教え導くためのものから、子どもが楽しむためのものになっていった。1871年には続編『鏡の国のアリス』が出た。アリスの物語は、百を超える言葉に訳されている。