アブド・アッラフマーン1世
概要
ダマスクスで一族が殺されたとき、20歳で逃げた。5年かけて北アフリカを横切り、イベリアに国を建てる。故郷を偲ぶ棕櫚の詩が残る。
所属
後ウマイヤ朝関わったできごと(1)
コルドバの大モスクAD785年(着工) · 命令本文
731年、シリアのダマスクスの近くに生まれた。祖父は、ダマスクスを都としてイスラーム世界を治めたウマイヤ朝(ウマイヤ朝の成立)の第10代カリフ、ヒシャームである。母は北アフリカのベルベル人の出身で、父に仕えた女性だった。幼くして父を亡くし、祖父の宮廷で育てられた。
ウマイヤ朝は、アラブの一族による支配に反発する人々の不満を抱えていた。750年、預言者ムハンマドの叔父の血を引くアッバース家が、東方のホラーサーンから起こした反乱で、ウマイヤ朝を倒した(アッバース革命)。アッバース家はウマイヤ家の男たちを根絶やしにしようとした。和解を装って宴に招き、集まった一族をその場で殺したという話が伝わっている。

20歳前後のアブド・アッラフマーンは、ユーフラテス川のほとりの村に身を潜めていたが、追っ手が迫り、弟と川へ飛び込んで逃げた。泳ぎ疲れた13歳の弟は、命を助けるという追っ手の呼びかけを信じて岸へ引き返し、兄の見ている前で首をはねられたと、後の年代記は伝えている。
そこから5年に及ぶ逃避行が始まった。忠実な解放奴隷バドルを連れ、パレスチナからエジプトを抜け、北アフリカを西へ進んだ。北アフリカの総督は彼を危険な存在とみて命を狙い、何度も身を隠さなければならなかった。最後に頼ったのは、いまのモロッコにいた、母の出身のベルベル人の一族だった。

海の向こうのイベリア半島は、40年ほど前にイスラームの軍が西ゴート王国を倒して手に入れた土地で、アンダルスと呼ばれていた。だがそこでは、アラブの部族どうしが争い、ベルベル人も不満を抱え、混乱が続いていた。かつてウマイヤ朝が送り込んだシリア出身の兵士たちもいて、その中にはウマイヤ家に恩を感じる者が少なくなかった。アブド・アッラフマーンはバドルを先に渡らせ、味方を集めさせた。
755年、地中海岸に上陸した。翌756年5月、コルドバの近くでアンダルスの総督の軍を破り、コルドバのアミール(君主)となった。これが後ウマイヤ朝の始まりである。まだカリフを名乗ることはなかったが、まもなく金曜の礼拝でアッバース朝のカリフの名を唱えさせるのをやめ、その支配に服さないことをはっきりさせた。

それからの30年あまりは、反乱との戦いの連続だった。763年、アッバース朝のカリフ、マンスールの後押しを受けた反乱軍が攻めてきた。アブド・アッラフマーンはこれを破り、指揮官たちの首を塩漬けにして、カリフからの任命状と黒い旗とともに、北アフリカの町の市場に置かせたと伝えられる。それを知ったマンスールは、「あの悪魔と私の間に海を置いてくださった神に感謝する」と言ったという。そのマンスールが、宿敵に「クライシュの鷹」という呼び名を与えたとも伝わる。たった一人で砂漠と海を越え、国を建てた男への、敵からの賛辞だった。
778年には、北東のサラゴサの総督たちが反乱を起こし、ピレネーの向こうのフランク王国のカール大帝を招き入れた。カール大帝は軍を率いて南下したが、サラゴサの城門は開かれず、引き上げることになった。その帰り道、ピレネーの峠で後衛がバスク人に襲われて全滅した(ロンスヴォーの戦い)。この敗北は、のちにフランスの叙事詩『ローランの歌』として語り継がれる。

国の仕組みも整えた。北アフリカのベルベル人や奴隷出身の兵からなる常備軍を作り、部族の争いに左右されない力を持った。シリアを追われたウマイヤ家の縁者や家臣たちが、次々に海を渡って彼のもとに集まった。
コルドバの郊外には、祖父がシリアに持っていた離宮と同じ「ルサーファ」の名を付けた宮殿を建てた。庭にはシリアから取り寄せたナツメヤシや果樹を植えた。そのナツメヤシを詠んだ詩が残っている。「ルサーファの真ん中に一本のナツメヤシが立つ。西の地に生まれ、ナツメヤシの国から遠く離れて。私は言った、おまえも私と同じだ、遠い異郷にあり、子や家族から長く引き離されている」。

785年には、コルドバの中心で大モスクの建設を始めた(コルドバの大モスク)。もとは西ゴート時代の教会があった場所で、キリスト教徒から土地を買い取ったと伝えられる。紅白の縞模様のアーチが林のように並ぶ礼拝堂は、その後の君主たちによって何度も広げられ、イスラーム建築の傑作の一つになる。
788年、コルドバで亡くなった。50代の後半だった。跡は息子のヒシャーム1世が継いだ。その子孫のアブド・アッラフマーン3世は、929年に自らカリフを名乗り(コルドバのカリフ宣言)、コルドバはヨーロッパ有数の大都市として栄えることになる。一族を殺されて逃げ延びた一人の若者が、ダマスクスで滅びたウマイヤ家を、遠い西の地で300年近く生き延びさせた。