概要
始皇帝が巡行中に死ぬと、宦官と丞相が遺詔を書き換え、長子を自殺させて末子を立てた。鹿を馬と言わせて臣下を試したのがこの宦官になる。3年で秦は終わった。
場所
咸陽
34.33°N 108.71°E · 中国・陝西省
34.33°N 108.71°E · 中国・陝西省
関わった人(2)
趙高?–BC207年 · 宦官李斯?–BC208年 · 加担し、のちに処刑される本文
始皇帝は、五度目の巡行の途中で死んだ。
沙丘。
長子の扶蘇に、都へ戻って葬儀を執れ、という手紙を書いていた。
宦官の趙高がその手紙を握っていた。
丞相の李斯を説いた。
扶蘇が立てば、あなたは丞相でいられない、と。
李斯は乗った。
遺詔を書き換えた。
扶蘇と将軍蒙恬に、自死を命じる。
末子の胡亥を立てる。
皇帝の死は隠した。
夏で、遺体が臭う。
塩魚を積んだ車を並べて誤魔化した。
咸陽に着いてから、喪を発した。
二世皇帝は、趙高の言いなりだった。
兄弟姉妹を皆殺しにし、 大臣を次々に処刑する。
李斯も腰斬にされた。
鹿を連れてきて、馬だと言った。
馬だと答えた者を残し、鹿だと答えた者を除いた。
反乱が広がると、二世皇帝も殺した。
次の王が、趙高を殺した。
秦は、そこで終わる。