概要
荀子に学び、秦の丞相として文字と度量衡を統一し、焚書を進言した。始皇帝の死後、趙高と組んで遺詔を書き換え、その趙高に腰斬にされた。
所属
秦関わったできごと(2)
度量衡と文字の統一BC221年 · 主導趙高と二世皇帝BC210年 · 加担し、のちに処刑される本文
楚の下級役人だった。
厠の鼠と倉の鼠を見て、 人の賢愚は置かれた場所で決まると悟った、と伝わる。
荀子に学んだ。
韓非と同門になる。
秦へ行き、呂不韋の食客になった。
秦王政に、六国の間を金で裂く策を献じた。
外国人追放令が出たとき、 『諫逐客書』を書いて撤回させた。
「泰山は土壌を譲らず、故に能くその大を成す」。
丞相になった。
郡県制を主張し、封建を退けた。
文字を小篆に統一した。
焚書を進言した。
同門の韓非を讒言で殺した、とも伝わる。
始皇帝が死んだ。
趙高に説かれ、遺詔の書き換えに加担した。
自分の地位のために。
二世皇帝の下で、趙高に讒言される。
腰斬。
刑場へ引かれるとき、息子に言った。
「お前とまた黄色い犬を連れて、 上蔡の東門から兎を追いたかった」。