概要
唐へ向かう途中、暗い所で甘い水を飲んだ。朝、髑髏の水だった。「心が生じれば法が生じる」。唐へ行くのをやめた。還俗して王女と結婚し、瓢箪を叩いて市で歌った。『大乗起信論疏』。仏教を民衆の言葉にした。息子は薛聡。
場所
35.86°N 129.22°E · 大韓民国(新羅の都)
関わった人(2)
元暁AD617年–AD686年 · 悟った義湘AD625年–AD702年 · 共に唐へ向かった本文
元暁。誓幢。 617年。押梁郡。慶山。 「栗の木の下で生まれた」。 「29歳。出家。家を寺に。初開寺」。 650年。義湘と、唐へ。陸路。高句麗で捕まって、帰った。 661年。義湘と、また。海路。 「唐項城。華城の南陽」。 「雨。夜。土の龕」。 「甘い水」。 「朝。髑髏」。 「墓」。 「吐いた」。 「『心生ずれば種々の法生じ、心滅すれば龕墳不二』」。 「『三界は唯心、万法は唯識。心の外に法なし。何を求めて』」。 「帰った」。 「義湘は、行った」。 「『宋高僧伝』。『土龕の中の水』」。 「『海東高僧伝』」。 「『髑髏』は、『林間録』。宋の」。 「還俗」。 「瑤石宮。太宗武烈王の娘。寡婦」。 「『誰が、柄のない斧を貸してくれるか。天を支える柱を切る』」。 「王が、分かった」。 「薛聡。吏読。『三国史記』。『花王戒』」。 「小性居士」。 「瓢箪。『無碍』。『一切無碍の人、一道に生死を出づ』」。 「市で、歌って、踊った」。 「『無碍舞』」。 「著作。100部240巻。残るのは22」。 「『大乗起信論疏』。『海東疏』。中国で、法蔵が引いた」。 「『金剛三昧経論』。『論』」。 「『十門和諍論』。『和諍』」。 「『判比量論』。因明」。 「『無量寿経宗要』。日本の浄土。法然が引いた」。 「『遊心安楽道』」。 686年。穴寺。70歳。 「薛聡が、遺骨で、像を」。 「芬皇寺」。 「高麗。『和諍国師』。1101年」。 「日本。『元暁大師』」。 「『日本の華厳は、元暁から』」。 「明恵。『華厳縁起絵巻』。元暁と義湘の絵。高山寺。国宝」。 「元暁が、髑髏の水を飲む絵」。 「日本に、ある」。