概要
1944年の春、太宰治は出版社の依頼で故郷の津軽半島を3週間かけて旅し、その紀行を書いた。昔の友人や親類を訪ね、最後に、幼い自分を育ててくれた子守のたけと、小泊の運動会で30年ぶりに再会する。戦争のさなかに書かれた、太宰の作品の中でもとりわけ穏やかな一冊になる。
場所
東京
35.68°N 139.77°E · 日本・東京都
35.68°N 139.77°E · 日本・東京都
関わった人(1)
太宰治AD1909年6月19日–AD1948年6月13日 · 作者本文
1944年、小山書店は、日本の各地を作家に書かせる「新風土記叢書」を企画し、津軽の巻を太宰治に頼んだ。太宰は5月から6月にかけて、およそ3週間、青森県の津軽半島をめぐった。太平洋戦争の敗色が濃くなり、物資も乏しいなかでの旅だった。
旅は、蟹田に住む中学時代の友人を訪ねるところから始まる。太宰は友人たちと酒を飲み、外ヶ浜の海沿いを北へ歩き、竜飛岬まで行く。その後、生まれ育った金木の生家に立ち寄り、兄の家族と気まずく、しかし懐かしく過ごす。故郷の風土と人を、自分をいくらか笑いながら、温かく描いていく。
旅の終わりに太宰は、半島の西の小泊に向かう。そこには、幼いころの太宰の子守をしていた越野たけが嫁いで暮らしていた。たけは村の運動会に出ていて、太宰は会場で30年ぶりに彼女と再会する。二人は並んで座り、しばらく言葉もなく運動会を眺める。この場面が、作品の結びになる。
『津軽』は同じ年の11月に刊行された。自らを責め続ける作品の多い太宰が、故郷と育ての親を素直に受け入れた作品として、いまも読まれている。