できごと

タリバンの復権

Return of the Taliban
AD2021年8月15日
重要度 4
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概要

アメリカ軍の撤退が終わる前に、政府軍が溶けてタリバンがカブールに入った。大統領は国を出た。空港で飛行機にしがみつく人が落ちた。女性は中等教育を禁じられた。20年前に戻った。

場所

カブール
34.53°N 69.17°E · アフガニスタン

本文

2001年の9・11同時多発テロのあと、アメリカは首謀者のアルカイダをかくまうタリバン政権をアフガニスタンから追い落とした(アフガニスタン戦争)。タリバンは1990年代、ソ連の撤退(ソ連のアフガニスタン侵攻)に続く内戦の中から台頭し、1996年に首都カブールを取って、イスラーム法を厳格に解釈した支配を敷いていた勢力である。政権を追われたタリバンは、パキスタンとの国境の山地を拠点に勢いを盛り返し、アメリカと同盟国は20年近く戦い続けることになった。アメリカの兵士は2400人あまりが死に、アフガニスタンの兵士と市民の死者はその何十倍にのぼった。

2020年2月29日、カタールの首都ドーハで、アメリカとタリバンは合意を結んだ。アメリカは14か月のうちに軍を引き揚げ、タリバンはアルカイダなどの組織にアフガニスタンの土地を使わせず、政府との和平の交渉に入る。政府の兵に捕えられているタリバンの5000人を釈放することも盛り込まれた。当のアフガニスタン政府は、この交渉の席にいなかった。

カーブル国際空港前に集まる人々
カーブル国際空港前に集まる人々Wikimedia Commons VOA · Public domain

2021年4月14日、バイデン大統領は、同時多発テロから20年となる9月11日までに軍を引き揚げると発表した。5月に撤退が始まると、タリバンは一斉に動いた。地方の郡が次々に落ち、7月の初め、アメリカ軍はアフガニスタン最大の基地バグラムから、夜のうちに去った。後を引き継ぐアフガニスタン軍の司令官は、アメリカ兵がいなくなったのを数時間後に知ったと伝えられる。7月8日、バイデンは記者団に、タリバンが国じゅうを制圧する可能性は非常に低いと語った。

アフガニスタン政府軍は、名簿の上では30万人を数えた。だが給料の遅配や幽霊兵、汚職で中身は空洞化し、アメリカ軍の空からの支援と兵站なしでは戦えない軍になっていた。8月6日、イランとの国境の町ザランジが最初の州都として陥落すると、崩れ方は一気に速まった。12日から13日にかけて第二、第三の都市ヘラートとカンダハールが落ち、14日には北のマザーリシャリーフ、15日の朝には東のジャララバードが落ちた。多くの町で、政府軍は戦わずに降伏し、武器を手放した。

アフガニスタンからカタールの空軍基地に避難した米国大使館のスタッフら(2021年8月15日)
アフガニスタンからカタールの空軍基地に避難した米国大使館のスタッフら(2021年8月15日)Wikimedia Commons Staff Sgt. Kylee Gardner/USAF/U.S. Central Command Public Affairs · Public domain

8月15日、日曜日。タリバンはカブールの入口に迫った。その日の午後、ガニ大統領はひそかにヘリコプターで国外へ逃れ、のちにアラブ首長国連邦に身を寄せた。ガニは流血を避けるためだったと語り、大金を持ち出したという噂は否定した。夕方、タリバンの戦闘員が大統領宮殿に入り、大統領の机に座った姿が世界に流れた。

国を出ようとする人々は、カブールの空港に押し寄せた。8月16日、滑走路を走り出したアメリカ軍の大型輸送機C-17に群衆が並走してしがみつき、離陸した機体から人が落ちる映像が世界に流れた。落ちた一人は、サッカーのユースの代表選手だった19歳の若者で、車輪の格納部からも遺体が見つかった。同じ日、別のC-17は、定員をはるかに超える600人以上を乗せて飛び立った。

600人超のアフガニスタン人を乗せ、首都カーブルから避難する米軍のC-17輸送機内(2021年8月15日)
600人超のアフガニスタン人を乗せ、首都カーブルから避難する米軍のC-17輸送機内(2021年8月15日)Wikimedia Commons Air Mobility Command Public Affairs · Public domain

空港からの退避は二週間続いた。8月26日、人々が詰めかけた空港のアビー・ゲートで、イスラーム国の地方組織ISIS-Kが自爆攻撃を行い、アメリカ兵13人と、170人ほどのアフガニスタン人が死んだ。29日、アメリカ軍は報復として、爆弾を積んだとみた車を無人機で攻撃した。だが乗っていたのは援助団体で働くゼマリ・アフマディで、子ども7人を含む10人の市民が死んだ。国防総省はのちに「悲劇的な誤り」と認めた。8月30日の深夜、最後の輸送機が飛び立ち、20年の駐留は終わった。最後に乗り込んだ師団長を暗視装置でとらえた緑色の写真が残る。アメリカと同盟国は12万人あまりを国外に運んだが、アメリカや外国の軍に協力した人々の多くが国に残された。

タリバンは、前の政権とは違うと国際社会に訴えた。だが女性に対する扱いは、すぐに元に戻っていった。2021年9月、中学以上の女子は学校に戻ることを許されなかった。2022年には女性が公園や運動施設に入ることが禁じられ、12月には大学で学ぶことも、国内外の援助団体で働くことも禁じられた。美容院は閉鎖され、2024年8月に定められた「勧善懲悪」の法は、女性が公の場で声を出すことまで制限した。アフガニスタンは、女子が中等教育を受けられない世界で唯一の国になった。

カーブル陥落を伝える写真集
カーブル陥落を伝える写真集Wikimedia Commons CC0

アメリカがアフガニスタン軍に渡していた兵器のうち、数十億ドル分が国内に残り、タリバンの手に落ちた。タリバンの戦闘員は、アメリカ製の装甲車を乗り回し、ヘリコプターを飛ばしてみせた。20年の戦争と、2兆ドルを超えるとも言われる費用ののち、アフガニスタンの国の形は、2001年の前に近いところへ戻った。

動画(1)

【タリバンとアフガニスタン①】首都カブール制圧と米軍撤退…歴史を辿って徹底解説中田敦彦のYouTube大学 - NAKATA UNIVERSITY2021年のカブール制圧を、アフガニスタンの歴史から語る

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