概要
勝海舟と西郷隆盛の会談により、100万都市が戦火を免れた。
場所
江戸
35.69°N 139.75°E · 日本・東京都(江戸城=現在の皇居)
35.69°N 139.75°E · 日本・東京都(江戸城=現在の皇居)
関わった人(2)
勝海舟1823年–1899年 · 旧幕府側西郷隆盛1828年–1877年 · 新政府側本文
新政府軍が江戸を包囲し、総攻撃の日が決まっていた。
勝海舟は、攻撃されれば市街戦になり、 100万都市が焼けると考えた。 同時に、そうなればイギリスとフランスが それぞれの側に付いて介入する恐れもある。
西郷隆盛との会談は2日にわたった。 勝は、慶喜の助命と徳川家の存続を条件に、 江戸城の明け渡しを申し出た。
背後で、イギリス公使パークスが 「降伏した者を攻めるのは国際法に反する」と 新政府側に伝えていたことも働いたとされる。
攻撃は中止された。 ただし、これに従わなかった旧幕臣は上野で戦い、 東北と箱館で戦争は続く。