概要
アルキビアデスが煽り、ニキアスが反対して、ニキアスが指揮させられた。134隻。出航の前夜にヘルメス像が壊され、アルキビアデスは召還されてスパルタへ逃げた。2年、シラクサを囲んで、港に閉じ込められ、陸で逃げて、4万人が石切り場で死んだ。アテナイはここから負けた。
場所
37.08°N 15.29°E · イタリア・シチリア州
関わった人(2)
アルキビアデスBC450年–BC404年 · 煽って逃げたニキアスBC470年頃–BC413年 · 指揮して死んだ本文
BC416年、エゲスタ。「セリヌスと戦っている。助けてくれ。金はある」。銀の皿を家から家へ回した。 BC415年3月。民会。 ニキアス。「スパルタとまだ。遠い。大きい」。 アルキビアデス。「シケリアを取れば、カルタゴも」。 ニキアス。「では、もっと要る。100隻。5000人」。「それなら諦めるだろう」。民会は「それだけ出す」。 「民会は、海の帝国に酔っていた」。 ヘルメス像。5月の夜。顔と男根が。 「アルキビアデスが」。「秘儀を真似た」。 6月。134隻。5100人の重装歩兵。1300人の軽装兵。ペイライエウス。「街中が見に来た」。 ニキアス、アルキビアデス、ラマコス。 シケリア。都市は迎えなかった。 サラミニア号。「アルキビアデスを召還」。トゥリオイで逃げた。スパルタへ。「私はアテナイの敵ではない。私を追放した者たちの敵だ」。 「シラクサへ。デケレイアを取れ」。 ニキアス。 BC414年、シラクサ。エピポライ。壁。 シラクサは壁で対抗した。ラマコスが死んだ。 ギュリッポス。スパルタ。コリントスの船で。壁を切った。 ニキアスの手紙。「腎臓病。呼び戻すか、もっと送るか」。 デモステネス。73隻。 BC413年7月。夜のエピポライ。負けた。 「帰る」。8月27日、月食。ニキアス。「27日待つ」。 港。 9月、港の海戦。負けた。 陸へ。4万。南へ。 アシナロス川。 水。渇いた兵が川に入って、矢に。 デモステネス。ニキアス。降った。処刑された。 7000人が石切り場。8か月。「1日にコテュレ2杯の水と1杯の穀物」。 売られた。 「エウリピデスの詩を暗唱できた者は、解放された」。プルタルコス。 「アテナイは、200隻と、4万人と、金を失った」。 「敵はデケレイアにいた。銀山の奴隷2万人が逃げた」。 「アテナイは、それでも8年戦った」。 「シケリア」。 トゥキュディデス第6巻、第7巻。 「ギリシアの歴史で、最大のこと。勝った側には最も輝かしく、負けた側には最も不幸な」。 「彼らは、あらゆる意味で、完全に、負けた」。 「軍も艦隊も、ほとんど誰も、帰らなかった」。 石切り場。ラトミア。 シラクサに、いま、庭。 「ディオニュシオスの耳」。