ニキアス
概要
銀山の奴隷1000人で富んだ。慎重で、迷信深く、ニキアスの和約を結んだ。シケリア遠征に反対して指揮官にされ、月食で27日撤退を遅らせ、捕えられて処刑された。トゥキュディデスは「ギリシア人の中で、最も不幸に値しない人」と書いた。
所属
アテナイ関わったできごと(1)
シケリア遠征BC415年 · 指揮して死んだ本文
紀元前470年頃、アテナイの裕福な家に、ニケラトスの子として生まれた。家の富の源は、アテナイの南のラウレイオンの銀山だった。ニキアスは1000人の奴隷を持ち、それを鉱山の請負人に一人あたり一日1オボロスで貸し出していた、とクセノフォンは書いている。アテナイで指折りの富豪だった。

富を政治の力に変える方法も心得ていた。祭りの合唱隊の費用を気前よく負担し、市民の歓心を買った。デロス島のアポロンの祭りに使節団を率いて行ったときには、隣の島からデロスまで、飾り立てた船の橋を一晩でつなぎ、夜明けとともに合唱隊を歌わせながら渡らせた、とプルタルコスは伝える。一方で、演説はうまくなく、民会では控えめで、人に恨まれることを何より恐れた。家には占い師を置き、何をするにも神々の意向をうかがった。
ペリクレスの死後、アテナイの政治は、慎重で穏健な富裕者を代表するニキアスと、民衆を煽って強硬策を説くクレオンとの争いになった。ニキアスは何度も将軍に選ばれ、紀元前427年にはメガラ沖の小島ミノアを、紀元前424年にはペロポネソス半島の南のキュテラ島を取った。危ない戦はせず、確実に勝てる戦だけをする将軍だった。
紀元前425年、ピュロスの沖のスファクテリア島にスパルタ兵が閉じ込められたとき(スファクテリアの戦い)、民会でクレオンは、自分が将軍なら20日で片をつけてみせると豪語した。ニキアスは、それならあなたがやればいい、と指揮権を譲ってしまった。クレオンは本当に島のスパルタ兵を降伏させて帰ってきた。ニキアスの評判は傷ついた。

紀元前422年、クレオンとスパルタのブラシダスがアンフィポリスでともに死ぬと、和平への道が開けた。翌紀元前421年、ニキアスが中心となってスパルタと50年の和約を結んだ(ペロポネソス戦争)。「ニキアスの和約」と呼ばれる。10年続いた戦争を終わらせたことを、ニキアスは生涯の誇りとした。だが和約は名ばかりで、両国の同盟市はこれに従わず、小競り合いは続いた。
紀元前415年、シケリア(シチリア)島の都市セゲスタがアテナイに援軍を求めてきた。若いアルキビアデスは、これを機に島で最も強いシュラクサイを倒し、シケリアを手に入れようと説いた。ニキアスは反対した。本国の近くにスパルタという敵を残したまま、遠い島で新しい戦争を始めるべきではない。民会が乗り気なのを見ると、彼は思いとどまらせるために、成功させるにはとてつもない数の船と兵が要ると述べた。ところが市民は、それならそれだけ出そうと答え、遠征はかえって大きくなった。そのうえニキアス自身が、アルキビアデス、ラマコスとともに指揮官に選ばれた(シケリア遠征)。

遠征は初めからつまずいた。アルキビアデスは本国で神像を壊した事件の容疑をかけられて呼び戻され、途中で逃げてスパルタに走った。ラマコスは紀元前414年に戦死し、ニキアスはただ一人の指揮官になった。シュラクサイを囲む壁を築いたが、完成させる前に、スパルタの将ギュリッポスが援軍を連れて到着し、形勢は逆転した。ニキアスは腎臓の病に苦しんでいた。彼は本国に手紙を送り、自分を呼び戻すか、大規模な援軍を送るかを選べと求めた。市民は彼を呼び戻さず、デモステネスに大艦隊を付けて送った。
紀元前413年、デモステネスの夜襲が失敗すると、デモステネスはすぐに撤退するよう主張した。ニキアスは迷った。いま退けば、本国の民会で裁かれる。自分はアテナイ人の手で恥ずべき罪を着せられて死ぬより、敵の手で死ぬ方を選ぶ、と彼は言ったという。ようやく撤退が決まった8月27日の夜、月食が起きた。兵たちは恐れおののき、占い師は三度の九日、つまり27日待つべきだと告げた。ニキアスはそれに従った。

その27日で、すべてが失われた。シュラクサイ軍は港の出口を船でふさぎ、アテナイの艦隊は港の中の海戦で敗れた。残った4万の兵は陸路で逃げようとしたが、追撃を受けて分断され、ニキアスの部隊はアシナロス川で、水を求めて川に殺到したところを殺された。ニキアスはギュリッポスに降った。ギュリッポスは彼を生かしてスパルタに連れ帰りたかったが、シュラクサイの人々は彼とデモステネスを処刑した。捕虜となった兵の多くは石切場に閉じ込められ、そこで死んだ。
同じアテナイ人で、この戦争の歴史を書いたトゥキュディデスは、ニキアスについて、私の時代のギリシア人の中で、このような不幸に最も値しない人だった、その生涯のすべてを徳に向けて生きたのだから、と書いた。多くの兵を死なせた指揮官への評としては、意外なほど温かい。プルタルコスは『対比列伝』で、ニキアスをローマの富豪クラッススと並べた。二人とも莫大な富を持ち、慎重さで知られ、ただ一度の遠征ですべてを失った。戦争を嫌い、負けない戦だけを選んできた将軍は、望まなかった戦争の、ただ一度の大敗で名を残した。