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Person / 人

ニキアス

Nicias
BC470年頃 – BC413年(享年57・推定)
アテナイ重要度 3

概要

銀山の奴隷1000人で富んだ。慎重で、迷信深く、ニキアスの和約を結んだ。シケリア遠征に反対して指揮官にされ、月食で27日撤退を遅らせ、捕えられて処刑された。トゥキュディデスは「ギリシア人の中で、最も不幸に値しない人」と書いた。

所属

アテナイ

関わったできごと(1)

シケリア遠征BC415年 · 指揮して死んだ

本文

ニキアス。 ニケラトスの子。 「ラウレイオンの銀山。1000人の奴隷を貸した」。 「アテナイで最も富んだ」。 「気前が良かった。デロスの祭りに」。 「橋を、一晩で、レネイアからデロスへ」。 BC427年、ミノア。 BC425年、ピュロス。「あなたが」。 BC424年、キュテラ。 BC421年。「ニキアスの和約」。 「戦争を終えたのは、私」。 「幸運の人」。 「神々に敬虔」。「占い師を家に」。 BC415年。 「反対した」。 「では、もっと」。 「では、あなたが」。 シケリア。 「彼は、ずっと帰りたかった」。 「アルキビアデスが去って、ラマコスが死んで、一人」。 「腎臓」。 「手紙」。 「私は、帰るべきだと言った。あなたたちは、もっと送った」。 デモステネス。 「帰ろう」。 「私は、帰って、裁かれるより、敵の手で死にたい」。 月食。 「三度の9日」。 「占い師が、そう言った」。 「27日」。 「その27日で、全部」。 アシナロス。 「私は、あなたたちのために、多くのことをした」。 ギュリッポスに。 「シラクサの民会は、処刑を」。 「ギュリッポスは、生かしてスパルタに連れて帰りたかった」。 「殺された」。 トゥキュディデス。 「ギリシア人の中で、私の時代に、最も、不幸に値しない人。彼の生涯は、すべて、徳に向けられていた」。 「彼の敬虔が、彼を殺した」。 プルタルコス。『ニキアス』。『クラッスス』と並べた。 「二人とも、金持ちで、慎重で、遠征で、全部失った」。 「彼は、戦争を嫌って、戦争で死んだ」。 「彼は、勝つ将軍でなく、負けない将軍だった」。 「一度だけ、負けた」。