概要
幕府も摂政関白も廃し、天皇のもとに新政府を置くと宣言した。慶喜には辞官納地が命じられる。
場所
京都
35.03°N 135.76°E · 日本・京都府
35.03°N 135.76°E · 日本・京都府
関わった人(2)
岩倉具視1825年–1883年 · 主導西郷隆盛1828年–1877年 · 主導本文
王政復古の大号令は、 幕府だけでなく摂政・関白も廃止した。 公家の側の旧体制も同時に消している。
その夜の小御所会議で、慶喜の辞官納地が決まった。 土佐の山内容堂が反対したが、 岩倉具視が押し切ったと伝わる。
「王政復古」という言葉は、 神武天皇の昔に戻すという建前を取っている。 実際に作られたのは、それまで日本に無かった中央集権国家だった。 復古を名乗った革命になる。
慶喜は大坂城に退き、 翌月、鳥羽・伏見で戦端が開かれる。
出典(1)
磯田道史 『武士の家計簿 「加賀藩御算用者」の幕末維新』第5章(帳面をつけられる武士が、近代の役人になる)