概要
1973年8月23日、ストックホルムのノルマルム広場の銀行に、脱獄中の男が押し入り、行員4人を人質にとった。男は金と逃走用の車、そして刑務所にいる仲間の強盗を連れてくるよう求め、警察は本当にその仲間を連れてきた。6日間、人質は金庫室で二人と過ごした。そのあいだに人質は犯人をかばい、警察を恐れるようになり、ひとりは電話で首相に、犯人と一緒に車で出たいと訴えた。警察は金庫室の天井に穴を開けて催涙ガスを入れ、全員が無事に出た。警察に助言した精神科医が、のちに人質の心の動きを「ストックホルム症候群」と呼んだ。
場所
59.33°N 18.07°E · スウェーデン
本文
1973年8月23日の朝、ストックホルムの中心のノルマルム広場にある銀行に、刑務所から休暇中に戻らなかった男が、機関銃を持って押し入った。男は行員の女性3人と男性1人を人質にとり、現金と、逃走用の車と、刑務所にいる仲間の強盗クラーク・オロフソンを連れてくることを求めた。警察と政府は、オロフソンを本当に銀行へ連れてきた。
人質と二人の犯人は、6日間、銀行の金庫室で過ごした。犯人は人質を脅したが、一方で上着をかけてやり、家族と電話で話させた。人質のなかには、警察が突入すれば自分たちが巻き添えになると恐れ、犯人よりも警察を敵と感じる人が出てきた。人質のひとりは首相パルメに電話をかけ、犯人と一緒に車で出て行かせてほしい、警察のほうが怖いと訴えた。
8月28日、警察は金庫室の天井に穴を開けて催涙ガスを流し込み、犯人は投降した。人質は全員無事だった。そのあとも人質たちは犯人をかばう発言を続け、裁判で彼らに不利な証言をすることを拒んだ人もいた。
警察に助言していた精神科医ニルス・ベジェロットは、人質が自分の命を握る犯人に寄り添っていく心の動きを、「ストックホルム症候群」と呼んだ。言葉は翌年、アメリカで新聞社の令嬢が誘拐され、のちに誘拐した過激派の一員として銀行強盗に加わった事件で、世界に広まった。この言葉は医学の診断名ではなく、極限の状況で生き延びようとする人の反応を、犯人への好意として片付けてしまうという批判もある。