概要
スキリ族の王の子。ローマの傭兵隊長。476年、土地を求めた兵に推されて、16歳の皇帝を退位させ、帝冠をコンスタンティノープルに送った。「西に皇帝はいらない。私はあなたの代理」。イタリア王。17年。テオドリックに3年囲まれ、和睦の宴で自分の手で殺された。
関わったできごと(1)
西ローマ帝国の滅亡AD476年 · 退位させた本文
オドアケル。オドヴァカル。 父エデコ。アッティラの使者。スキリ族の王。 469年、スキリ族がゴート族に滅ぼされた。 イタリアへ。傭兵。 「セウェリヌスが『イタリアへ行け。あなたは多くの人に多くを与える』」。『セウェリヌス伝』。 リキメル。オレステス。 476年8月。兵が「土地の3分の1を」。オレステスが拒んだ。 8月23日、兵がオドアケルを王に。 8月28日、パヴィア。オレステスを殺した。 9月4日、ラヴェンナ。ロムルスを退位させた。 帝冠と紫衣をコンスタンティノープルのゼノンへ。 「西に皇帝は要らない。ゼノンが唯一の皇帝。私はパトリキウスとしてイタリアを治める」。 ゼノンは、ダルマティアにいたユリウス・ネポスを「本当の西の皇帝」と言った。オドアケルはネポスの名で硬貨を打った。480年、ネポスが殺された。 「レックス」。「王」。何の王とは言わなかった。 ローマの元老院はそのまま。執政官もそのまま。 「ローマは何も変わらなかった」。 「476年に西ローマが滅びたと、誰も気づかなかった」。 477年、ガイセリックからシチリアを買った。 481年、ダルマティア。 487年、ルギ族を滅ぼした。ゼノンが恐れた。 488年、ゼノンがテオドリックに「イタリアへ」。 489年、イソンツォ。ヴェローナ。 490年、アッダ。 ラヴェンナ。3年。 493年2月、和睦。「イタリアを二人で」。 3月15日、宴。テオドリックが剣で。「鎖骨から腰まで」。「この男には骨がない」。 60歳。 「ローマ帝国を終わらせた男」。 「終わらせるつもりはなかった」。 「彼は皇帝を『要らない』と言っただけ」。 帝冠は、コンスタンティノープルに、あった。