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Event / できごと

エルカーノの世界周航の完成

Elcano completes the circumnavigation
AD1522年9月6日
重要度 5

概要

マゼランがマクタンで死んだあと、バスクの航海士が18人でビクトリア号をセビリアに戻した。5隻270人で出て、1隻18人。3年。積んだ丁子で航海の費用は出た。皇帝は地球儀の紋章を与えた。「最初に私を回った」。日付が一日ずれていることに、帰って気づいた。

場所

セビリャ
37.39°N -5.98°E · スペイン

関わった人(2)

エルカーノAD1476年–AD1526年8月4日 · 完成させたマゼランAD1480年頃–AD1521年4月27日 · 途中で死んだ

本文

1519年9月20日。サンルーカル。5隻。270人。 トリニダード、サン・アントニオ、コンセプシオン、ビクトリア、サンティアゴ。 1520年4月、サン・フリアン。反乱。エルカーノはコンセプシオンの船長の側。マゼランは首謀者を殺し、エルカーノを赦した。 10月、海峡。サン・アントニオが逃げ帰った。サンティアゴは難破。 11月28日、太平洋。 「99日」。 「ビスケットは虫と鼠の小便。帆桁の革を食べた。鼠が半ドゥカート」。ピガフェッタ。 1521年3月、グアム。「盗人の島」。 フィリピン。 4月27日、マクタン。マゼラン。 5月1日、セブ。宴で27人が殺された。 コンセプシオンを焼いた。2隻。 「船長」。カルバーリョ、それからエルカーノ。 11月、ティドレ。丁子。 12月21日、ビクトリア号だけ。トリニダードは修理。60人。 インド洋。喜望峰。5月。 「壊血病」。 7月、ヴェルデ岬。「ポルトガル」。「水曜日か木曜日か」。木曜だった。船では水曜。 「一日」。 13人が捕えられた。 9月6日。サンルーカル。18人。 9月8日、セビリア。裸足で、蝋燭を持って、教会へ。 「3年と14日」。 「4万6000マイル」。 「丁子26トン。全部の費用を、それで」。 カール5世。バリャドリード。「何を望む」。 「年金500ドゥカート」。「紋章」。地球儀。「プリムス・キルクムデディスティ・メ」。「お前が最初に私を回った」。 「日付」。 「彼らは、一日、失っていた」。 「西へ回れば、太陽を一回、少なく見る」。 ピガフェッタ。「私たちは、間違えなかった」。 「地球が回っていることの、最初の、実際の証拠」。 「マゼランは、着いていない。フィリピンまで。彼はもっと前にモルッカに来ていたから、周航した、と言う人もいる」。 「エルカーノが、最初」。 「彼は、ほとんど、忘れられた」。 「マゼランの名で」。 「ゲタリア」。 「彼の像」。 「バスク人は、忘れていない」。

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