概要
当時の航海表と対数表は人が計算し、人が写し、誤植だらけだった。バベッジは「これを蒸気で計算できたなら」と言い、多項式を差分だけで求める階差機関を設計した。政府が資金を出し、17000ポンドを使って完成しなかった。彼は途中でより野心的な解析機関に移った。パンチカードで命令を与え、演算部(ミル)と記憶部(ストア)を分け、条件分岐と繰り返しを持つ。汎用計算機の設計である。一台も作られなかった。
場所
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド
関わった人(2)
チャールズ・バベッジAD1791年12月26日–AD1871年10月18日 · 設計したエイダ・ラブレスAD1815年12月10日–AD1852年11月27日 · 注釈を書いた本文
19世紀初頭、航海と天文と工学は、**数表**に依存していた。
対数表、三角関数表、航海暦、利息表、砲弾の弾道表。
これらは、人間が計算し、人間が筆写し、人間が組版した。誤りが入る。
イギリス海軍の航海暦には、誤りがあった。誤りのある表を使った船が座礁し、沈んだ例が報告されている。
**1821年**、ロンドン。**チャールズ・バベッジ**と天文学者ジョン・ハーシェルが、天文学会のために計算された表の草稿を、二人で照合していた。
誤りが、次々に出てきた。
バベッジが言った、と伝えられる。「神よ、これらの計算が蒸気で行われたらよいのに(I wish to God these calculations had been executed by steam)」。
**階差機関**。
多項式は、階差だけで計算できる。
たとえば n² を並べる:1, 4, 9, 16, 25… 一階差:3, 5, 7, 9… 二階差:2, 2, 2…
二階差が一定である。だから、逆に、足し算だけで次の項が出せる。掛け算も割り算もいらない。
そして、対数や三角関数は、区間を区切れば多項式で十分な精度に近似できる。
歯車で数を保持し、足し算を機械的に繰り返す。しかも、結果を**そのまま印刷する**(写字と組版の誤りを防ぐ)。
**資金**。1823年、イギリス政府が1500ポンドを出した。以後、追加が続いた。
**失敗**。
(1)**精度**。当時の工作機械では、数千個の歯車を必要な精度で作れなかった。バベッジは、そのために工作技術そのものの改良に金と時間を投じた(結果として、機械工学の標準化に貢献した。彼の主任技師ジョゼフ・クレメントは、ねじの規格化で名を残す)。
(2)**クレメントとの決裂**。1833年、費用と工房の所有権をめぐって対立し、クレメントは全ての図面と工具を持って去った(法的には彼のものだった)。
(3)**バベッジの気移り**。彼は途中で、もっと壮大な構想に移った。
**費用**。政府が投じたのは**1万7000ポンド**。当時、蒸気機関車が1000ポンド前後。戦艦が数万ポンド。
1842年、首相ロバート・ピールが計画の打ち切りを決めた。ピールは私信に書いている。「この機械が、自分自身をどうすべきか計算してくれたらよいのだが」。
完成したのは、全体の7分の1ほどの試作部分だけである(現在、ロンドンの科学博物館にある。動く)。
**解析機関**。
1834年頃から、バベッジが構想したもの。階差機関は多項式しか計算できない。あらゆる計算をする機械はできないか。
設計。
- **ミル(mill、製粉所)** — 演算装置。四則演算を行う。 - **ストア(store、倉庫)** — 記憶装置。1000個の数を、それぞれ50桁で保持する。 - **入力** — **パンチカード**。ジャカール織機(1804年、紋様をカードの穴で指定して自動的に織る)から取った。演算カードと変数カードの二種類。 - **出力** — 印刷、あるいはパンチカード。 - **条件分岐**(ある数の符号によって、カードを戻したり飛ばしたりする)。 - **繰り返し**。
つまり、演算部と記憶部が分かれ、プログラムで制御され、条件によって流れが変わる、**汎用の計算機**である。
現代の計算機の論理構造と、本質的に同じものが、1830年代の設計図にある。
ただし、動力は蒸気で、記憶は歯車である。設計通りに作れば、機関車ほどの大きさになる。
**一台も作られなかった**。
政府はもう金を出さなかった。バベッジは私財を投じ、図面を描き続けた。設計図は数千枚に及ぶ。
**その後**。
息子ヘンリーが、父の死後、演算部の一部を組み立てた。動いた。
1991年、バベッジ生誕200年に合わせ、ロンドンの科学博物館が、**階差機関2号**(1847〜49年の改良設計)を、当時の工作精度の範囲内で製作した。
**動いた**。31桁の精度で、正しく計算した。1859年に印刷機構も再現され、これも動いた。
つまり、設計は正しかった。問題は、金と、時間と、そして——バベッジの性格だった。
彼は、共同作業が下手だった。政府の役人と喧嘩し、職人と喧嘩し、王立協会と喧嘩した。晩年は、街頭の辻音楽師(バレルオルガンを弾く者)を騒音として告訴する運動に熱中し、街の子どもたちに囃し立てられた。
彼が死んだとき、『タイムズ』の死亡記事は、彼の数学と発明に触れた後、こう書いた。「彼は、辻音楽への敵意で、より広く知られていた」。
**もし完成していたら**。
歴史のifとして繰り返し語られる。ただし、機械式の計算機が電子計算機に対抗できる速度を持てたかは疑わしい。解析機関は、一回の掛け算に数分かかる設計だった。
それでも、**アイデアは100年早かった**。1940年代の計算機の設計者たちの多くは、バベッジのことを知らなかった。彼らは、同じ結論に、独立に到達した。