概要
スウェーデンは長く車が左を走る国だったが、陸続きの隣国はどこも右側通行で、国内の車も多くが左ハンドルだった。1955年の国民投票では8割を超える人が切り替えに反対したが、議会は1963年に切り替えを決める。1967年9月3日の日曜、朝4時50分にすべての車がいったん止まり、ゆっくり道の反対側へ移って、5時に右側を走り出した。前の晩から、全国で標識が付け替えられていた。その日と続く数週間、事故はかえって減った。誰もが慎重に走ったからで、2年ほどで元の水準に戻った。
場所
59.33°N 18.07°E · スウェーデン
本文
道の左を走るか右を走るかは、国ごとにまちまちだった。スウェーデンは18世紀から左側通行で、20世紀に入っても変えなかった。ところが、陸で国境を接するノルウェーとフィンランドは右側通行で、国境を越えるたびに走る側を変えなければならなかった。しかも、スウェーデンの人が乗る車の多くは、右側通行の国と同じ左ハンドルで、追い越しのときに前が見えにくかった。
1955年、切り替えの是非を問う国民投票が行われ、8割を超える人が反対した。慣れた習慣を変えるのは嫌だという気持ちは強かった。それでも、車が増え、隣国との行き来が増えるにつれて、切り替えは避けられないとみられるようになり、1963年、議会は国民投票の結果に反して切り替えを決めた。
準備には4年かけた。右側通行を表す「H」の印があちこちに掲げられ、歌まで作られた。路線バスは乗り降りの扉の位置が変わるため、数千台が作り替えられたり買い替えられたりした。切り替えの前の晩には、国中の標識が付け替えられ、交差点の白線が引き直された。
1967年9月3日の日曜、朝4時50分、すべての車がいったん止まり、慎重に道の反対側へ移って待ち、5時、右側を走り出した。心配された大事故は起きず、むしろその後の数週間、事故は減った。誰もが慣れない道に気を張っていたからで、その効き目は2年ほどで消えた。アイスランドも翌年、右側通行に切り替えている。