ハールーン・アッラシード
概要
バグダードが世界最大の都市だった時代の君主。『千夜一夜物語』に登場する。
関わったできごと(2)
ハールーン・アッラシードの治世786年 · 当人バグダードの知恵の館AD830年頃 · 前代の君主本文
763年頃、イラン北部のレイで生まれた(766年とする説もある)。父は、アッバース朝の第3代カリフとなるマフディーである。母のハイズラーンは、もとはイエメン出身の奴隷の女性だったが、マフディーの妻となって宮廷で大きな力を持った。アッバース朝は、750年にウマイヤ朝を倒して開かれ(アッバース革命)、762年に新しい都バグダードが築かれたばかりだった(バグダードの建設)。

少年ハールーンの教育を任されたのは、ヤフヤー・イブン・ハーリドという人物である。中央アジアのバルフの出身で、祖先は仏教の大寺院の長を務めた家と伝えられる。この一族はバルマク家と呼ばれ、アッバース朝の初期から行政に深く関わっていた。ハールーンはヤフヤーを「父上」と呼んで慕った。
10代の後半、ハールーンは東ローマ帝国(ビザンツ)への遠征を率いて、軍をボスポラス海峡の対岸まで進め、有利な和約を結ばせた。父はこの手柄を称えて、「正しく導かれた者」を意味するアッラシードの名を与えた。

785年に父が亡くなると、兄のハーディーがカリフになった。ハーディーは、自分の息子を後継にするため、ハールーンに継承権を捨てるよう迫ったとされる。だが翌786年、ハーディーは即位からわずか1年余りで急死した。母ハイズラーンが関わったのではないかという噂もある。ハールーンは20代の初めでカリフになった。同じ夜、のちのカリフとなる息子マームーンが生まれたと伝えられ、一夜のうちに一人のカリフが死に、一人が即位し、一人が生まれた「三人のカリフの夜」と呼ばれる。
即位したハールーンは、ヤフヤーを宰相に任じ、行政の実務をほぼ全面的にバルマク家に委ねた。ヤフヤーの息子たちも高い地位に就き、なかでもジャアファルはハールーンの無二の友として、昼も夜もそばにいた。バルマク家は気前のよい施しで知られ、学者や詩人を手厚く保護した。
ハールーンの治世は、アッバース朝の最盛期とされる(ハールーン・アッラシードの治世)。バグダードは人口数十万の、世界でも最大級の都市になった。各地から商人が集まり、中国から伝わった紙の製法によって、この頃バグダードに製紙の工房が生まれたとされる。紙の普及は、書物を写し、記録を残すことを大きく広げた。宮廷の書庫は、のちに息子マームーンのもとでバグダードの知恵の館として学問の中心になっていく。

だが、803年、ハールーンは突然バルマク家を倒した。ジャアファルは処刑されて遺体がさらされ、父ヤフヤーと兄は投獄され、獄中で亡くなった。一族の財産は没収された。理由は明かされていない。ハールーンの妹とジャアファルの秘密の結婚が露見したからだ、という物語が後に語られたが、伝説とみられる。権力と富を集めすぎた一族を、カリフが恐れたのだろうと考える研究者が多い。
ハールーンは信仰の擁護者として振る舞うことにも熱心だった。生涯に何度もメッカへの巡礼を行い、ある年は巡礼に、ある年は東ローマとの戦いに出た、と言われる。東ローマの皇帝ニケフォロス1世が、前の女帝が約束した貢ぎ物を払わないと通告してきたとき、ハールーンは、答えは聞くのではなく見ることになるだろう、と書き送り、自ら軍を率いて小アジアに攻め込んだ。妃のズバイダは、メッカへの巡礼路に井戸や貯水池を整えたことで知られる。
西方のフランク王国のカール大帝とは、互いに使節を送り合った。フランクの年代記には、ハールーンが象を贈り、その象が802年にアーヘンに着いたことが記されている。象の名はアブル・アッバースといった。のちには水時計も贈られた。ともに東ローマ帝国と対立する立場にあったことが、遠く離れた二人を結びつけたと考えられている(カール大帝の戴冠)。

一方で、帝国の端はほころび始めていた。西のマグリブでは、イドリース朝やアグラブ朝が事実上自立した。東のホラーサーンでは反乱が起きた。809年、ハールーンはその反乱を鎮めるために東へ向かう途中、イラン東部のトゥースで病に倒れ、そこで亡くなった。40代だった。
死の前に、ハールーンは後継を決めていた。妃ズバイダが産んだアミーンをカリフとしてバグダードに置き、ペルシア人の母を持つマームーンを次の後継者として、東方のホラーサーンを任せる。この取り決めは文書にされ、メッカのカーバ神殿に掲げられた。だが父が死ぬと、兄弟はすぐに争い始めた。内戦は数年続き、812年から813年にかけて、バグダードはマームーンの軍に包囲された。街は投石機で打ち壊され、アミーンは殺された。築かれてから50年ほどの都が、大きく損なわれた。

ハールーンの名が世界に知られているのは、何よりも『千夜一夜物語』による。物語の中のハールーンは、宰相ジャアファルと剣持ちのマスルールを連れ、商人に身をやつして夜のバグダードを歩き、庶民の暮らしに触れて、不思議な出来事に巻き込まれる。この物語集がまとめられたのは何百年も後のことで、そこに描かれたのは、失われた黄金時代の理想の君主の姿だった。現実のハールーンは、友を処刑し、子らの争いの種を残した。だが彼の治世のバグダードが、イスラーム世界の繁栄の記憶として語り継がれたことも、また確かである。