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Person / 人

フリードリヒ・ゴットロープ・ケラー

Friedrich Gottlob Keller
AD1816年6月27日 – AD1895年9月8日(享年79)
ザクセン王国重要度 3

概要

ザクセンの村の織工の家に生まれ、正規の教育をほとんど受けていない。少年のころ、蜂の巣を見て木から紙ができると考えたと自ら書いている。1843年、濡らした木を砥石に押しつけて繊維を得る装置を作り、翌年その紙で新聞を刷らせた。特許を得たものの、更新料が払えず失効し、権利は製紙業者フォルターに移った。生涯、貧しかった。後年、僅かな年金と名誉学位を受けている。世界の紙のほとんどが、彼の方法の子孫である。

関わったできごと(1)

木材パルプの紙AD1844年 · 作った

本文

**フリードリヒ・ゴットロープ・ケラー**(1816〜1895年)。

**ザクセン王国、ハイニヒェン**。

(**父——**織工**、そして**小さな商いをしていた**。

**——**貧しい**。

**息子は、**村の学校**だけである**。

〈**——**大学どころか、**中等教育も、受けていない**。〉

**そして、**手先が、器用だった**。

〈**——**十代で、**織機の部品を作り、修理した**。

**そして、**自分で、**旋盤を作った**、と伝えられる**。〉)

**着想**。

(——**彼自身の記述**(要旨)。

**(1)**少年のころ、**桜んぼの種を、砥石で磨いて、飾りを作った**。

**そのとき、**削れた粉が、水の中で、**繊維のように、綿のようになった**のを、見た**。

**(2)そして、**蜂の巣**。

**——**それが、**木から作られている**ことを、知った**。

**——**「では、木から、紙も作れるのではないか」**。

〈**——**彼が、**レオミュールの論文を読んだ形跡は、無い**。

**独立に、**同じところへ、辿り着いた**。〉)

**装置**。

**1843年から1844年**。

(——**回転する砥石**に、**濡らした丸太を、押しつける**。

**そして、**水を、かけ続ける**。

〈**——**水は、二つの役割がある**。

**(a)**摩擦熱を、冷やす**。

**〈熱すぎると、繊維が焦げる。〉**

**(b)**削れた繊維を、**流し出す**。〉

**——**得られたのは、**短い繊維の、褐色がかった懸濁液**である**。

**そして、**それを漉くと、**紙になった**。

〈**——**ただし、**そのままでは、**弱い**。

**——彼は、**襤褸のパルプを、少し混ぜた**。

**〈初期の木材パルプ紙は、**混合である**。〉**〉

**1845年1月、**この紙で、**フランケンベルクの地方紙が、印刷された**。

〈**——**その紙面に、**「この新聞は、木から作った紙に印刷されている」**という趣旨の記事がある**。

**——**現存する**。〉)

**特許、そして喪失**。

(**1845年、**ザクセンで、特許**。

**——**そして、**年ごとの更新料**が、払えなかった**。

〈**——**彼は、**貧しい**。

**そして、**装置を工業化する資金も、**無い**。〉

**1846年、**製紙業者**ハインリヒ・フォルター**(ハイデンハイム)に、**権利を、売った**。

〈**——**額は、**わずかである**。

**そして、その後、**残りの権利も、失効した**。〉

**フォルターは、**装置を改良し、**そして、世界中に売った**。

〈**——**「フォルターの砕木機」**として、知られるようになった**。

**——**ケラーの名は、**長く、忘れられていた**。〉)

**その後の生涯**。

(——**彼は、**発明を、続けた**。

〈**——**紙の他に、**多数の装置と、機構**。

**そして、**どれも、金にならなかった**。〉

**——**紙屋の職人、**そして、機械の修理**をして、**暮らした**。

**そして、**十四人の子がいた**、と伝えられる**(多くが、幼くして死んだ)。

〈**——**極めて、貧しい**。〉

**1874年、**ドイツの製紙業界が、**募金を始めた**。

〈**——**「彼のおかげで、われわれの産業がある」**。

**そして、**年金**が、与えられた**。

**——**額は、**慎ましいものである**。〉

**1891年、**ドレスデン工科大学から、**名誉博士**。

〈**——**七十五歳**。

**学校を、ほとんど出ていない男に**。〉

**1895年9月8日、**クリムミッチャウ**で死んだ**。**七十九歳**。)

**残ったもの**。

(——**いま、**世界で作られる紙の、圧倒的大部分**が、**木から作られている**。

〈**——**砕木パルプ**(彼の方法の直系)と、**化学パルプ**。

**——**そして、砕木パルプは、**新聞紙**と、**雑誌の紙**に、いまも使われている**。〉

**そして、**その紙が、**数十年で、崩れる**。

〈**——**彼の責任ではない**。

**サイジングと、リグニンの問題である**。

**——それでも、**19世紀後半以降の記録が、いま、図書館で壊れつつある**という事実は、**この発明と、切り離せない**。〉

**——**紙が、安くなった**。

**新聞が、大衆のものになった**。

**そして——**その記録が、残らない**。)

**記念**。

(——**ハイニヒェンに、**博物館**がある**。

**そして、**彼の墓石は、**製紙業界の寄付で、建てられた**。

〈**——**生前に、彼が受け取れなかったものが、**死後に、集まった**。〉)

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