概要
一か月の籠城の末に降伏した。白虎隊の自刃が語り継がれる。
場所
会津若松
37.49°N 139.93°E · 日本・福島県
37.49°N 139.93°E · 日本・福島県
本文
会津は、京都守護職として尊攘派を取り締まった側だった。 薩長にとっては最も深い敵になる。
一か月の籠城の末に降伏した。 城下では、家族を巻き込まないために 自刃した武家の女性や子どもが多数出ている。
白虎隊は16、17歳の少年で編成された部隊で、 飯盛山から城下の火を見て城が落ちたと思い、 20人が自刃した(1人が生き残る)。 実際には城はまだ落ちていない。
降伏後、藩は本州最北の斗南へ移された。 不毛の地で、多くが飢えと寒さで死んだ。
会津と長州の間の感情は、 150年後の現在まで語られることがある。