概要
天然痘の膿を、健康な人の皮膚に入れる。軽く済ませて、以後かからなくする。中国では鼻から粉を吸わせる方法が明代から行われ、オスマン帝国では腕を切って入れた。イスタンブール駐在の英国大使夫人メアリー・ウォートリー・モンタギューがそれを見て、自分の息子に施し、帰国後に広めた。1721年、ニューゲート監獄の死刑囚六人で公開の試験が行われ、全員が生き延びた。危険は残る。接種された者の約2%が死に、その間は人に感染させた。それでも、かかったときの死亡率は三割だった。
場所
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド
関わった人(1)
メアリー・ウォートリー・モンタギューAD1689年5月15日–AD1762年8月21日 · 持ち込んだ本文
**病**。
**天然痘**。
(——**致死率、約20〜30%**。
**生き延びても、**顔に痘痕が残る**。
**そして、**失明することがある**。
〈**18世紀のヨーロッパで、**年間40万人**が死んだ、と推定される**。
**失明の原因の、三分の一がこれだった**、とも言われる。
——**ヨーロッパの王侯で、この病で死んだ者を数えると、きりがない**。〉)
**そして——**一度かかれば、二度とかからない**。
(**これは、古くから、誰でも知っていた**。
**問題は——**最初にかかるときに、三割が死ぬ**ことである。)
**考え**。
**わざと、軽くかからせる**。
**中国**。
(**明代から、記録がある**。
〈**16世紀の記録が確実**。**11世紀に遡るという伝承もあるが、確証は無い**。〉
**方法——**鼻から吸わせる**。
**痘痂**(かさぶた)**を、乾かして、粉にする**。
**それを、**綿にくるんで、鼻に入れる**。
〈**男の子は左の鼻、女の子は右の鼻**、という決まりがあった。
——**医学的な意味は、無い**。〉
**そして、**古い痂を使う**。
〈**新しいものより、**弱い**、と経験的に知られていた**。
**「時間を置いた種痘の粉のほうが、安全である」**。
——**理論は無い**。**しかし、**正しい**。〉)
**オスマン帝国と、中東**。
(**方法——**腕を、針か刃で浅く切り、膿を入れる**。
**「買う」と言った**。
〈**老婆が、胡桃の殻に膿を入れて持って回る**。
**そして、「どの静脈をお望みですか」と聞く**。
——**モンタギュー夫人の手紙に、そう書かれている**。〉)
**インドとアフリカ**。
(**それぞれ、独自の方法があった**、と記録されている。
〈**西アフリカからの記録**——**後述する**。〉)
**モンタギュー夫人**。
**メアリー・ウォートリー・モンタギュー**(1689〜1762年)。
(**1715年、彼女自身が、天然痘にかかった**。
**生き延びた**。
**しかし——**顔に痕が残り、まつ毛が抜けて、生えてこなかった**。
**そして、**弟が、同じ病で死んでいた**(1713年)。)
**1716年、夫が、オスマン帝国大使に任じられた**。
**イスタンブールへ**。
**1717年4月1日、手紙**。
(——**サラ・チズウェルという友人に宛てて**。
**要旨**。
**「ここでは、天然痘は、われわれの国のように恐ろしいものではありません**。
**接種**(engrafting)**という方法があるからです……**
**九月になると、暑さが和らぎ、老婆たちがこの仕事をして回ります**。
**……こう申し上げれば、わたしがこの実験の安全性に十分満足していることが、お分かりでしょう。**
**わたしは、可愛い息子に、これを試すつもりです」**。
〈**そして、実際に、やった**。
**1718年3月、**五歳の息子エドワードに、接種させた**。
——**大使館付きの医師チャールズ・メイトランドが、立ち会った**。〉)
**1721年、ロンドン**。
(**天然痘の流行が、あった**。
**彼女は、**三歳の娘に、接種させた**。
——**イギリスで行われた、最初の記録された接種**である。
**そして、**医師たちを、その場に立ち会わせた**。)
**ニューゲートの実験**。
**1721年8月9日**。
(——**ウェールズ皇太子妃キャロラインが、関心を持った**。
**自分の子どもに施す前に、**確かめたい**。
**そこで——**ニューゲート監獄の、死刑囚**が使われた**。
**六人**(男三人、女三人)。
**条件——**生き延びれば、恩赦**。
**全員が、生き延びた**。
〈**さらに、そのうちの一人(19歳の女性)が、**天然痘の患者の看病に送られた**。
——**発症しなかった**。〉
**その後、**孤児院の子ども六人**でも、試された**。
**そして、1722年4月、**皇太子妃の二人の娘**に、接種された**。
——**王室が、やった**。**それが、決定的だった**。)
(——**倫理について**。
**現在の基準では、**明白に、許されない**。
**囚人と孤児に、**同意と呼べるものは無い**。
**しかし——**当時、これは「先進的な慎重さ」として理解された**。
〈**それまでは、いきなり自分の子にやるか、やらないかだった**。〉)
**アメリカ**。
**1721年、ボストン**。
(**天然痘の流行**。
**牧師**コットン・マザー**が、接種を主張した**。
——**彼が、それを知ったのは、**自分が所有していた奴隷、オネシムス**からである**。
〈**マザーが、彼に「天然痘にかかったことがあるか」と尋ねた**。
**オネシムスは、「あり、かつ、なし」と答えた**。
**そして、**アフリカ(おそらく現在のガーナかリビアの地域)で行われていた接種**について、説明した**。
**自分の腕の傷を、見せた**。
——**つまり、**アメリカに人痘接種をもたらしたのは、アフリカ人の知識である**。
**そして、**その人物は、奴隷だった**。〉
**医師**ザブディエル・ボイルストン**が、実行した**。
**結果——**接種した247人のうち、死亡6人(2.4%)**。
**接種しなかった患者、5,980人のうち、死亡844人(14%)**。
——**数字で、示された**。
〈**それでも、猛烈に反対された**。
**マザーの家に、**爆弾が投げ込まれた**。
**紙が結びつけてあった**——**「コットン・マザー、貴様……これで種痘してやる」**。
**爆弾は、不発だった**。〉)
**危険**。
(——**接種は、**本物の天然痘**である**。
**軽く済むことが多い**。**しかし——**
**(1)約1〜3%が、死ぬ**。
**(2)そして、**接種された者は、他人に感染させる**。
〈**接種を受けた者から、**流行が始まったことがある**。〉
**(3)梅毒などの、**他の病を、一緒に移すことがあった**。
——**膿を、人から人へ、直接、移すからである**。〉)
**そして、ジェンナー**。
**1796年**。
(——**牛痘**。
**牛の病である**。**人には、軽くしか出ない**。
**そして、**天然痘への免疫を与える**。
**——他人に、感染させない**。
**そして、**死なない**。
〈**人痘接種は、**次第に、これに置き換えられた**。
**イギリスでは、**1840年、人痘接種が法律で禁止された**。〉)
**しかし**。
(——**人痘接種が無ければ、ジェンナーの発想は、無かった**。
**「軽い病を、わざと起こして、重い病を防ぐ」**という考え方そのものが、既にあった**。
**ジェンナーがやったのは、**その「軽い病」を、より安全なものに置き換える**ことである**。
〈**そして、彼自身、**8歳のときに人痘接種を受けている**。
——**当時の方法は、荒っぽかった**。
**六週間、瀉血と下剤で「体を清め」てから、接種した**。
**彼は、その経験を、生涯、覚えていた**。〉)
**モンタギュー夫人**。
(——**彼女は、**医師ではない**。
**そして、**当時、女性が医学について語ることは、認められていなかった**。
**彼女は、**匿名で、新聞に記事を書いた**(1722年)。
**「トルコの商人の手になる、種痘についての一般的な論説」**。
——**そこで、彼女は、**医師たちが接種に反対する理由は、金である**、と書いた**。
〈**「天然痘は、医師にとって、最も実入りのよい病である」**という趣旨のことを。〉)
**彼女の墓碑**。
(**リッチフィールド大聖堂に、記念の碑がある**。
**そこに、こう刻まれている**(要旨)。
**「……彼女が、この国に、天然痘の接種をもたらしたことにより、**
**数え切れぬ人命が、救われた」**。)