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Event / できごと

シャンカラの不二一元論

Shankara's Advaita Vedanta
AD800年頃
年に諸説あり重要度 5

概要

南インドのケーララに生まれ、32歳で死ぬまでに、インド中を歩いて論争し、四方に僧院を建てた。「ブラフマンのみが実在で、世界は幻(マーヤー)であり、個我はブラフマンに他ならない」。梵我一如。『ブラフマ・スートラ』の注釈。仏教を論駁しながら、その論理を吸収したので、後の人に「仮面の仏教徒」とも呼ばれた。ヒンドゥー教が仏教を押し戻し、インドの主流に戻る転換点にいた。

場所

シュリンゲリ
13.42°N 75.25°E · インド・カルナータカ州

関わった人(1)

シャンカラAD700年頃–AD750年頃 · 説いた

本文

インドの思想の状況。8世紀。仏教(特にナーガールジュナの中観と、唯識)が、論理の面で優勢だった。ヴェーダの権威を認めない立場(仏教、ジャイナ教)と、認める立場(六派哲学)が論争し、ヴェーダ側は儀礼を重んじるミーマーンサー学派が主流だった。

シャンカラ(アーディ・シャンカラ)。ケーララのカーラティ。ナンブーディリ・バラモンの家。生年は諸説(伝統的には788〜820年。現代の研究では700年頃〜750年頃)。

伝記(『シャンカラ・ディグヴィジャヤ』など、後の時代の伝記による。史実と伝説が混ざる)。

幼くして父を失った。8歳で出家を望み、母が許さなかった。川で沐浴しているとき、ワニに足を掴まれた。「母よ、私はもう死にます。せめて、死ぬ前に出家を許してください」。母が叫んで許した。ワニが放した。彼は出家した(母には「あなたの臨終には戻る」と約束し、それを守った)。

ナルマダー川の岸で、ゴーヴィンダ・バガヴァットパーダに師事した(ゴーヴィンダの師は、ガウダパーダ。『マーンドゥーキヤ・カーリカー』を書いて、不二一元論の枠を作った人)。

教え。

「ブラフマ・サティヤム、ジャガン・ミッティヤー、ジーヴォ・ブラフマイヴァ・ナーパラハ」——ブラフマンのみが実在であり、世界は虚妄であり、個我はブラフマンに他ならず、別のものではない。

(1)ブラフマン。唯一の実在。属性を持たない(ニルグナ)。有・知・歓喜(サット・チット・アーナンダ)。

(2)マーヤー。世界の現れ。実在でも非実在でもない。無明(アヴィディヤー)によって、一つのものが多に見える。有名な比喩——薄暗がりで縄を蛇と見誤る。蛇は実在しないが、恐怖は本物である。縄を縄と知った瞬間、蛇は消える。

(3)アートマン(個我)=ブラフマン。「タット・トヴァム・アシ(汝はそれである)」(『チャーンドーギヤ・ウパニシャッド』)。個我は、ブラフマンの一部でも、似たものでもなく、それそのもの。

(4)二つの真理。世俗の立場(ヴィヤヴァハーリカ)では、世界も、神も、行為も、有効である。究極の立場(パーラマールティカ)では、一つだけがある。

著作。『ブラフマ・スートラ注』(主著)、『ウパニシャッド注』(10のウパニシャッド)、『バガヴァッド・ギーター注』、『ウパデーシャ・サーハスリー』(唯一、独立した著作として確実なもの)。他に多くの讃歌と入門書が彼の名で伝わるが、真作かは議論がある。

活動。インド中を三度歩いた(ディグヴィジャヤ=四方の征服)。各地で論客と公開の討論をした。最も名高いのは、ミーマーンサー学派のマンダナ・ミシュラとの論争。判定者は、マンダナの妻ウバヤ・バーラティー(学識で知られた女性)。シャンカラが勝ちかけると、彼女は「夫の半身である私にも勝たなければ、勝ちではない」と言い、性愛の技法について問うた。出家者のシャンカラは答えられず、1か月の猶予を求めて、死んだばかりの王の体に自分の魂を入れて経験を得た、と伝説は語る。

僧院(マタ)。四方に置いた。シュリンゲリ(南)、プリー(東)、ドヴァーラカー(西)、バドリナート(北)。その四つが、いまも続いている(ジャガドグルの座)。ダシャナーミー(十名)の出家教団を組織した。

批判。ラーマーヌジャ(11〜12世紀)の制限不二一元論。「世界も個我も実在であり、ブラフマンの体である。マーヤーとして退けるのは誤りだ」。バクティ(神への愛)の側から。次にマドヴァ(13世紀)の二元論。

「仮面の仏教徒(プラチャンナ・バウッダ)」。同時代と後代のヴェーダーンタの他派が、彼をそう呼んだ。彼の論理と、世界の非実在の説き方が、中観派と唯識に近いから。彼自身は、仏教を厳しく論駁した。

32歳で死んだ、と伝える。ケーダールナート(ヒマラヤ)で、と言われる。

19〜20世紀、ヴィヴェーカーナンダとラーマクリシュナ・ミッションが、アドヴァイタを「インドの哲学」として世界に紹介した。西洋で「ヒンドゥー哲学」として知られているものの多くは、シャンカラの系統である。

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