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Event / できごと

ボナンパクの壁画

Bonampak murals
AD791年
重要度 4

概要

1946年、アメリカ人がラカンドン人に連れられて見た。三部屋。行列、戦い、捕虜の拷問、生贄。指の爪を剥がれた捕虜の手から血が落ちる。「マヤは平和な天文学者」という像が、この絵で消えた。描かれた10年後、街は捨てられた。

場所

ボナンパク
16.70°N -91.06°E · メキシコ

本文

ボナンパク。「彩色された壁」。 チアパス。ラカンドンの森。 「ヤシュチランの属国」。 「1946年2月」。 「ジャイルズ・ヒーリー。写真家。ユナイテッド・フルーツの映画のために」。 「ラカンドン人。ホセ・ペペ・チャンボル」。 「『彼らが、祈りに行く、建物』」。 「5月。三つの部屋」。 「『あるいは、チャールズ・フレイとジョン・ボーンが、2月に、先に』」。 「争った」。 「構造1」。 「三つの部屋。2メートル×4メートル」。 「部屋1。『継承の儀式』。王チャーン・ムアン2世が、息子を、貴族に見せる。楽団。トランペット、太鼓、亀の甲羅。仮面の踊り」。 「部屋2。『戦い』。ジャングル。槍。捕虜。階段。捕虜が、指の爪を剥がれて、手から血。一人は、死んでいる。生贄の頭」。 「部屋3。『勝利の祭り』。踊り。妻たちが、舌に針を通して、血を」。 「791年8月6日。碑文」。 「『ヤシュチランの王女、王の妻』」。 「マヤ・ブルー。石灰。フレスコ」。 「1946年以前、マヤは『平和』。『天文学者。暦。神官。戦争はしなかった』。トンプソン」。 「壁画。『戦争。捕虜。生贄。血』」。 「像が、変わった」。 「1950年代、プロスクリアコフ。『碑文は、王の一生』」。 「1958年、ベルリン。ハインリヒ・ベルリン。『紋章文字』」。 「1980年代。マヤ文字が、読めた」。 「『トンプソンが、間違っていた』」。 「壁画は、未完成。『継承の儀式』は、行われなかった。街が、捨てられた」。 「800年頃」。 「森」。 「1946年に、ラカンドン人が、祈りに」。 「1200年」。 「壁画は、湿気で、傷んでいる」。 「1960年代、灯油で洗った。『色が』」。 「1980年代、複製。フロリダ大学。メキシコ国立人類学博物館」。 「2000年代、赤外線」。 「本物は、ジャングルの中」。 「『ラカンドンの森』」。 「ラカンドン人は、いま、1000人」。 「彼らは、マヤの末裔ではなく、17世紀にユカタンから逃げてきた人たち」。 「それでも、祈っていた」。

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