概要
59歳のデフォーが、セルカークの4年の無人島の話を元に、28年の島の話を書いた。難破、日記、帳簿、柵、山羊、麦、傘、フライデー。ホモ・エコノミクスの神話、とマルクスが言い、ルソーは『エミール』の唯一の本にした。イギリスで最初の小説、と言われる。表紙に「彼自身が書いた」とあって、デフォーの名はない。
場所
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド
関わった人(1)
ダニエル・デフォーAD1660年頃–AD1731年4月24日 · 書いた本文
アレクサンダー・セルカーク。スコットランドの船乗り。1704年、私掠船の航海長で、船長と喧嘩して、チリの沖のフアン・フェルナンデス島(マス・ア・ティエラ)に「自分から降ろしてくれ」と言って、降ろされた。4年4か月。山羊を追い、猫を飼い、聖書を読んだ。1709年、ウッズ・ロジャーズの船が拾った。ロジャーズが本に書き(1712年)、スティールが『イングリッシュマン』誌に書いた(1713年)。デフォーは読んだ。会ったかは分からない。
1719年4月25日、ウィリアム・テイラーが出版した。『ヨーク出身の船乗りロビンソン・クルーソーの生涯と奇妙で驚くべき冒険。彼は、難破して自分以外の全員が死んだあと、アメリカの海岸のオロノコ川の河口に近い無人島の岸で、28年間、たった一人で暮らした。海賊による最後の奇妙な救出の記述と共に。彼自身によって書かれた』。デフォーの名はない。実話として売った。5シリング。4か月で4版。海賊版。8月、『続編』。1720年、『真面目な省察』(売れなかった)。
ヨークの中流の家の三男。父は「中流こそ最良」と言って、海に出るなと言った。出た。難破、サレの海賊の奴隷、脱走、ブラジルの農園主、奴隷を買いにアフリカへ行く途中、1659年9月30日、難破。一人。
船から取れる物を全部運んだ(12日で)。銃、火薬、道具、帆布、聖書3冊、犬、猫2匹、そして金貨(「お前は何の役にも立たない」と言って、それでも持って帰った)。柵、洞窟、テント、日記(インクが尽きるまで)、柱に刻んだ暦、山羊の飼育、麦と米(船の袋の残りが芽を出した)、土器(失敗して、失敗して、できた)、傘、カヌー(重すぎて海まで運べなかった。2隻目)。熱病と、聖書と、悔悛。「私は自分の状況を、良い点と悪い点に分けて、帳簿のように書いた」。
15年目、砂の上の足跡。一つ。恐怖。人食い人種が対岸から来て、捕虜を食べる。23年目(1686年)、金曜日、捕虜の一人を助けた。「フライデー」。言葉を教え、服を着せ、キリスト教を教えた。「主人(マスター)」と呼ばせた。25年目、スペイン人とフライデーの父を助けた。28年目、イギリスの船が反乱で来て、船長を助けて、船で帰った。1687年、イングランド。ブラジルの農園は35年分の利益を生んでいた。
「イギリスで最初の小説」(他にもいるが)。ルソー『エミール』(1762年)「エミールが読む最初の本、長いあいだ唯一の本」。マルクス『資本論』第1章「ロビンソンは彼の道具と時間を帳簿につけた。経済学者はロビンソン物語が好きだ」。ジョイス「真のイギリス精神の原型。男らしい独立、無意識の残酷さ、粘り強さ、鈍い知性、性の無関心、実際的で均衡の取れた宗教心、計算高い寡黙」。クッツェー『敵あるいはフォー』(1986年)、トゥルニエ『フライデーあるいは太平洋の冥界』(1967年。フライデーが主人)。
「ロビンソナード」。無人島の物語。『スイスのロビンソン』『十五少年漂流記』『蠅の王』。
フアン・フェルナンデス島は1966年に「ロビンソン・クルーソー島」と改名された。