概要
製紙の原料は、綿と麻の襤褸である。木ではない。だから紙の供給は、古着の量に縛られていた。印刷が広まるほど襤褸が足りなくなり、値が上がり、買い集める業者が街を回り、輸出を禁じる国が出た。1719年、レオミュールがフランス科学アカデミーで、蜂が木を噛んで紙のような巣を作ることを指摘し、木から紙を作れるはずだと述べた。誰も試さなかった。実用になるのは、それから百二十年以上あとである。
場所
48.86°N 2.35°E · フランス
関わった人(1)
ルネ・レオミュールAD1683年2月28日–AD1757年10月17日 · 指摘した本文
**原料**。
**紙は、**木から作るもの**——ではなかった**。
(——**19世紀半ばまで、**ヨーロッパの紙の原料は、**綿と麻の襤褸**である**。
**〈リネン、ヘンプ、そして木綿。〉**
**製法**。
〈**(1)**襤褸を、集める**。
**(2)**選別し、**腐らせて**(発酵させて)、繊維をほぐす**。
**(3)**水車で動く杵(スタンパー)で、**叩き潰す**。
**〈後に、オランダ人が「ホランダー」という回転式の叩解機を作った。〉**
**(4)**水に懸濁させ、**簀で漉く**。
**(5)**圧搾し、干す**。〉
**——だから、**紙の供給量は、**古着の量に、縛られている**。〉)
**不足**。
(——**印刷術が、広まった**。
**そして、**紙の需要が、跳ね上がった**。
**——**襤褸が、**足りない**。〉
**起きたこと**。
**(1)**値が、上がった**。
**(2)**襤褸買い**(rag-picker、chiffonnier)**という職業が、成立した**。
〈**——**街を回って、**布切れを買う**、あるいは、**ごみから拾う**。
**ヨーロッパの都市の、**最下層の職業の一つ**である**。
**〈パリの chiffonnier は、19世紀の文学と絵画に、繰り返し現れる。〉**〉
**(3)**輸出を、禁じた国がある**。
〈**——**イギリスは、**襤褸の輸出を禁じた**。
**そして、**アメリカは、**輸入した**。
**〈アメリカ独立戦争のとき、紙の不足が、深刻な問題になった。〉**〉
**(4)そして、**変な法律**。
〈**イングランド、**1666年および1678年の「羊毛による埋葬法」**(Burial in Woollen Acts)。
**——**死者を、**羊毛の布で包んで埋葬すること**を、義務づけた**。
**〈亜麻の布を使ってはならない。〉**
**目的は、**羊毛産業の保護**である**。
**——**そして、副次的に、**亜麻の襤褸が、市場に残る**ことになった**。
**〈この法は、1814年まで、形式的に存続した。〉**〉
**(5)そして、**ミイラの伝説**。
〈**——**19世紀のアメリカで、**エジプトのミイラを包んだ布を、製紙の原料にした**、という話が語られる**。
**——**この話は、**根拠が薄い**、というのが現在の評価である**。
**〈同時代の新聞記事はあるが、実際の製造の記録が、確認できない。**
**風刺と、噂の混合である可能性が高い。〉**
**——それでも、**そういう話が広まるほど、襤褸が不足していた**、ということではある**。〉)
**レオミュール**。
**1719年**。
(**ルネ・レオミュール**(1683〜1757年)——**フランス科学アカデミー**。
**彼が、**論文の中で、こう述べた**(要旨)。
**「アメリカの雀蜂は、**乾いた木の繊維を噛み砕いて、**極めて薄い紙**を作る**。
**……**彼らは、われわれに、**襤褸を使わずに紙を作れること**を、教えているように思われる**。
**……**木の繊維から、紙は、作れるはずである」**。
〈**——**彼は、**そう述べただけ**である**。
**試していない**。
**そして、**誰も、試さなかった**。
**——**百二十年以上、**この一節は、読まれずに、あるいは、読まれても、動かなかった**。〉)
**なぜ、動かなかったか**。
(**(1)**木の繊維は、**リグニン**で固められている**。
〈**——**ほぐすのが、**極めて難しい**。
**襤褸は、既に、繊維になっている**。
**——**布として、**一度、処理されているからである**。〉
**(2)そして、**動力が、無い**。
〈**——**木を砕くには、**大きな力が要る**。
**水車では、**足りないことがある**。〉
**(3)さらに、**必要が、まだ切実でなかった**。
〈**——**18世紀の紙の需要は、**まだ、襤褸で賄えた**。
**——**本当に足りなくなるのは、**19世紀、新聞が大衆のものになってから**である**。〉)
**その間の試み**。
(**1765年、**ヤーコプ・クリスティアン・シェッファー**(ドイツの牧師で博物学者)が、
**——**苔、藁、蔦、蜂の巣、じゃがいも、そして木**から、紙を漉いて、見本帳を作った**。
〈**六巻**。**実物の紙見本が、綴じてある**。
**——**「これらから、紙は作れる」**。
**しかし、**工業化できなかった**。〉
**1800年、**マシアス・クープス**(イギリス)が、**藁と木から紙を作る特許を取り、その紙で本を印刷した**。
〈**——**その本の中で、彼は、**「この本は、木から作った紙に印刷されている」**と書いている**。
**——**会社は、**破産した**。〉)
**そして**。
(——**1844年、**フリードリヒ・ゴットロープ・ケラー**が、**濡らした木を、砥石に押しつけた**。
**——**それで、繊維が、削り出された**。
〈**——**極めて単純な方法である**。
**そして、**それまで、誰もやらなかった**。〉
**——**紙が、木から作られるようになった**。〉)
**その後**。
(——**襤褸買いという職業が、**消えていった**。
**そして——**紙の値段が、**下がり続けた**。
〈**19世紀後半、**新聞の値段が、劇的に下がった**。
**——**一部一ペニー、そして半ペニー**。
**大衆紙が、生まれた**。〉
**そして、**古い紙のほうが、丈夫である**。
〈**——**襤褸から作った紙**(rag paper)**は、**中性か、弱アルカリ性**である**。
**——**五百年前の本が、**いまも、しなやかである**。
**そして、**木材パルプの紙**は、**酸を含む**。
**——**数十年で、**褐色になり、崩れる**。
**〈次の項目で、それを書く。〉**〉)