ルネ・レオミュール
概要
ラ・ロシェルの生まれ。裕福で、生涯を研究に費やした。鋼の組織を調べ、可鍛鋳鉄の製法を開き、アルコールの膨張による温度計と、氷点0度・沸点80度の目盛を作った。六巻の『昆虫誌』は観察の精密さで知られる。鳥の消化を、金属の管に肉を入れて飲ませる実験で調べた。1719年、雀蜂の巣が木の繊維からできていることに触れ、木から紙が作れると述べた。弟子と助手の功績を自分のものにしない人物だったと評される。
関わったできごと(1)
襤褸と紙AD1719年 · 指摘した本文
**ルネ・アントワーヌ・フェルショー・ド・レオミュール**(1683〜1757年)。
**ラ・ロシェル**(フランス西岸)の生まれ。
(**父は、**高等法院の評定官**である**。
**——**裕福**。
**そして、**父は、彼が二歳のときに死んだ**。
**——**遺産が、**残った**。
〈**——**彼は、**生涯、働く必要が無かった**。
**そして、**研究に、金を使った**。〉)
**1708年、**科学アカデミー会員**。**二十五歳**。
**——**以後、**五十年**。
**仕事**。
**(1)鉄**。
(**1722年、**『錬鉄を鋼に変える技術』**。
〈**——**鋼と、鋳鉄と、錬鉄の違いが、**何によるのか**。
**当時、**分かっていなかった**。
**——**彼は、**炭素の量である**、というところに、かなり近づいた**。
**〈「硫黄と塩」という当時の言葉で述べているが、**
**組織の観察と、実験の系統性は、極めて先駆的である。〉**
**そして、**可鍛鋳鉄**(malleable cast iron)**の製法**を、開いた**。
**——**鋳鉄を、長時間、加熱して、**脆さを取る**。
**〈「レオミュール法」として、19世紀まで使われた。〉**
**——**この功績で、**国王から年金を提示された**。
**そして、彼は、**それを、アカデミーの実験費に回してほしい**と、辞退した**。〉)
**(2)温度計**。
(**1730年、**アルコール(正確には希釈した精留酒)を使った温度計**。
**目盛——**水の氷点を0度、沸点を80度**。
〈**——**なぜ、80か**。
**彼が使った液体が、**氷点から沸点まで、体積が1000から1080に膨張した**からである**。
**——**つまり、**千分率を、そのまま目盛にした**。
**〈後に、水銀を使った「レオミュール度」が、これと少しずれた形で普及した。〉**
**——**19世紀まで、**ドイツ、ロシア、そしてフランスの一部で、広く使われた**。
**〈トルストイとドストエフスキーの小説に、レオミュール度が出てくる。**
**——そして、いまも、**チーズとシロップの製造で、使う人がいる**。〉**〉)
**(3)昆虫**。
(**『昆虫誌のための覚書』**(Mémoires pour servir à l'histoire des insectes)、**全六巻**(1734〜42年)。
〈**——**未完である**(さらに巻を予定していた)。
**そして、**観察の精密さで、**知られている**。
**〈——**蜂、蟻、蝶、蚕、そして水生昆虫**。
**彼は、**自分で図を描かせ、**そして、**推測と観察を、明確に分けて書いた**。〉
**——**「昆虫学の父」**と呼ばれることがある**。〉)
**(4)消化**。
(——**鳥が、**食べたものを、どうやって消化するのか**。
**当時の説**。
〈**(a)**すり潰している**(機械的)。
**(b)**発酵している**。
**(c)**腐らせている**。〉
**彼の実験**(1752年)。
〈**——**トビに、**小さな金属の管**を飲ませた**。
**管の中に、**肉を入れ、両端を金網で塞いだ**。
**——**すり潰されないようにするためである**。
**そして、**吐き戻させて、**中を見た**。
**——**肉が、**溶けていた**。
**〈つまり、**化学的な作用がある**。〉**
**さらに、彼は、**スポンジを飲ませて、胃液を吸わせ、**それを絞って、取り出した**。
**——**そして、**試験管の中で、肉を、その液で処理した**。
**——**溶けた**。
**〈胃液の作用を、体外で示した、最初の実験である。**
**——スパランツァーニが、これを引き継ぐ。〉**〉)
**(5)そして、紙**。
(**1719年、アカデミーの報告**。
〈**——**アメリカの雀蜂の巣**についての記述の中で**。
**「彼らは、**古い木と、乾いた植物の繊維**から、**紙を作っている**。
**……**われわれは、**襤褸を使わずに、**同じことができるはずである」**という趣旨。〉
**——**そして、**彼は、試さなかった**。
〈**——**彼の関心は、**蜂にあった**のであって、**製紙にあったのではない**。
**そして、**この一節が、**百二十年以上、実らなかった**。〉)
**性格**。
(——**同時代の評価**。
〈**——**弟子と助手の仕事を、**自分の名で発表しなかった**、と、繰り返し記されている**。
**——**当時、それは、**当たり前ではない**。〉
**そして、**ビュフォン**と、**深刻に対立した**。
〈**——**方法をめぐって**である**。
**レオミュールは、**細部の観察を、積み上げる**。
**ビュフォンは、**大きな体系を、書く**。
**——**そして、**ビュフォンのほうが、**当時、はるかに人気があった**。
**〈『博物誌』は、ベストセラーになった。〉**
**——**そして、レオミュールの『昆虫誌』は、**専門家に読まれ、**大衆には読まれなかった**。〉)
**死**。
(**1757年10月17日**。
**——**落馬**である**。
**七十四歳**。
**〈友人の領地を訪ねている途中だった。〉**
**彼は、**膨大な標本と、原稿を、アカデミーに遺した**。
〈**——**そして、その一部が、**ビュフォンの手に渡り、**散逸した**、と伝えられる**。
**〈この経緯には、諸説ある。〉**〉)