概要
瓶に何が入っているか、誰も保証していなかった。乳児用の鎮静剤にはアヘンが入り、牛乳にはホルマリン、肉には亜硫酸が入っていた。農務省の化学者ハーヴェイ・ワイリーは、志願した若い職員に防腐剤入りの食事を摂らせ、体調の変化を記録した。新聞が毒物班と呼んだ。同じ年、シンクレアの小説『ジャングル』が食肉工場の内情を描いて反響を呼び、法が通った。表示の義務と、有害物の禁止。後の食品医薬品局につながる。
場所
38.91°N -77.04°E · アメリカ合衆国
関わった人(1)
ハーヴェイ・ワイリーAD1844年10月18日–AD1930年6月30日 · 調べた本文
**それまで**。
**瓶に、何が入っているか、誰も、保証していなかった**。
**食品**。
(——**牛乳**。
**水で薄める**。**白くするために、**チョーク**を入れる**。**腐敗を隠すために、**ホルマリン**を入れる**。
〈**「防腐乳」として、実際に売られていた**。〉
**肉**。
**傷んだ色を隠すために、**亜硫酸塩**。
**パン**。
**明礬**(アルミニウム化合物)で、白くする。
**茶と香辛料**。
**葉に、着色した砂と、木の粉を混ぜる**。
**菓子**。
**色をつけるために、**鉛、銅、水銀の化合物**が使われた**。〉)
**薬**。
**特許薬**(patent medicine)と呼ばれた。
(——**「特許」は、名ばかりである**。**成分は、秘密だった**。
**新聞広告の、最大の出稿主だった**。)
**中身**。
(**「ミセス・ウィンズロウの鎮静シロップ」**——**乳児用**。
**成分——**モルヒネ**とアルコール**。
〈**「歯が生えるときのぐずりに」**。
**——赤ん坊が、静かになる**。
**そして、**死ぬことがあった**。
**後に「赤ん坊殺し」と呼ばれた**。〉
**「コカ・ワイン」**と、初期の飲料**——**コカの葉の抽出物**。
**咳止め——**アヘン、ヘロイン、クロロホルム**。
**そして、**「がんの特効薬」「結核の治療薬」**が、堂々と売られていた**。
〈**多くが、**着色した水と、アルコール**である**。〉)
**告発**。
**(1)『レディース・ホーム・ジャーナル』と『コリアーズ』**。
(**1905年、**サミュエル・ホプキンズ・アダムズ**が、『コリアーズ』に連載した**。
**「アメリカ大詐欺」**(The Great American Fraud)。
——**特許薬の成分を、**分析して、公表した**。
**そして、**「治った」という証言の主が、既に死んでいる**ことを、示した**。〉)
**(2)『ジャングル』**。
**アプトン・シンクレア**、1906年2月。
(——**シカゴの食肉工場を、七週間、潜入して見た**。
**社会主義の立場から、**労働者の悲惨を描くつもり**だった**。
**そして——**読者が、反応したのは、**肉のほう**だった**。
〈**シンクレアの言葉**。
**「わたしは、公衆の心臓を狙った。そして、誤って、その胃を撃ってしまった」**。〉
**描かれたもの**(要旨)——**病んだ牛、鼠、そして、樽に落ちた労働者**。
〈**この最後の話は、**確認されていない**。
**しかし、**衝撃は、決定的だった**。〉
**セオドア・ルーズヴェルトが、**独自の調査団を送った**。
**——**ニールとレイノルズの報告**は、小説の主要な指摘を、裏づけた**。〉)
**毒物班**。
**ハーヴェイ・ワイリー**(1844〜1930年)——**農務省化学局長**。
**1902年から**。
(**「衛生食卓試験」**(hygienic table trials)。
**方法**。
**(1)**志願した、若い男性職員**(12人)を集める**。
〈**条件——**健康であること**。**そして、**「何が起きても、政府を訴えない」**という誓約**。〉
**(2)**化学局の地下で、**全ての食事を提供する**。
**(3)そこに、**防腐剤を、量を増やしながら混ぜる**。
**(4)**体重、体温、脈拍、尿、便**を、毎日、記録する**。
〈**試したもの**——**ホウ砂、サリチル酸、硫酸、安息香酸ナトリウム、ホルムアルデヒド、硫酸銅**。〉)
**新聞が、名づけた**。
**「毒物班」**(Poison Squad)。
(——**ワイリー自身は、この名を、嫌った**。
**しかし、**世論を動かしたのは、この名である**。
〈**歌まで作られた**。
**「わたしたちは、明るく、陽気だ**……**もっとも、次の朝には、生きていないかもしれないが」**という趣旨の。〉
**そして——**新聞が、毎日、彼らの様子を報じた**。
**「今日、班員の一人が、ホウ砂で倒れた」**。)
(——**現在の基準では、**倫理的に問題がある**。
**同意は取ったが、**危険の説明は、十分ではない**。
**そして、**対照群が無い**。**盲検でもない**。
〈**科学としては、**弱い**。
**しかし、**政治的には、極めて強力だった**。〉)
**法**。
**1906年6月30日**、**セオドア・ルーズヴェルトが署名**。
(——**同じ日に、**食肉検査法**も、署名されている**。
〈**『ジャングル』の、直接の結果である**。〉)
**内容**。
**(1)**不純物混入**(adulteration)の禁止**。
**(2)**表示の虚偽**(misbranding)の禁止**。
**(3)そして——**特定の成分を、表示する義務**。
〈**アルコール、モルヒネ、アヘン、コカイン、ヘロイン、大麻、クロロホルム**、など11種。
——**「入れてはいけない」ではない**。
**「入っているなら、書け」**である**。〉
**限界**。
(**(1)**効き目については、何も言っていない**。
——**「がんが治る」と書いても、**成分の表示が正しければ、違法ではない**。
〈**1911年、最高裁が、そう判断した**(United States v. Johnson)。
**議会が、1912年に改正した**(シャーリー修正)。
**しかし、**「意図的に欺く目的で」**という要件が付いたため、立証が難しかった**。〉
**(2)**安全性の事前審査が、無い**。
——**売ってから、政府が有害だと証明しなければならない**。
〈**これが、**1937年のスルファニルアミド事件**まで、続いた**。〉
**(3)**化粧品と医療機器は、対象外**。
**(4)**予算と人員が、少ない**。〉)
**ワイリーの、その後**。
(——**運用をめぐって、**孤立した**。
**彼は、**サッカリンと、安息香酸ナトリウムを、禁じるべきだ**と主張した**。
**ルーズヴェルトが、**サッカリンについて、こう言ったと伝えられる**。
**「サッカリンが健康に悪いと言う者は、馬鹿だ。わたしの主治医が、毎日、処方している」**。
——**大統領自身が、糖尿病の懸念から、サッカリンを摂っていた**。〉
**そして、**「レメセン委員会」**が作られ、**ワイリーの判断を、覆した**。
**1912年、彼は、辞職した**。
**その後、**『グッド・ハウスキーピング』誌**で、**消費者運動を続けた**。
〈**同誌の「認証マーク」**は、彼の時代に始まったものである。〉)
**その後の系譜**。
(**1927年、**食品・医薬品・殺虫剤局**(化学局から分離)。
**1930年、**食品医薬品局**(FDA)に改称**。
**1938年、**連邦食品医薬品化粧品法**——**販売前の安全性の審査**が、初めて入った**。
**1962年、**キーフォーヴァー・ハリス修正**——**有効性の証明**も、必要になった**。
〈**サリドマイド禍が、これを後押しした**。〉
——**「入っているものを書け」から、「安全だと示せ」へ、そして「効くと示せ」へ**。
**六十年かかった**。)