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Event / できごと

ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理』

Weber's Protestant Ethic
AD1905年
重要度 5

概要

なぜ資本主義は西ヨーロッパで生まれたのか。マルクスは経済が意識を決めると言った。ウェーバーは、逆の方向も見た。カルヴァン派の予定説——救われるかどうかは既に決まっていて、行いでは変えられない——が、人に不安を与え、その不安が「職業に励み、禁欲し、儲けを使わずに再投資する」生き方を作った。宗教の動機が消えた後も、その生き方だけが残って、機械のように回る。「鉄の檻」。

場所

ベルリン
52.52°N 13.40°E · ドイツ

関わった人(1)

マックス・ウェーバーAD1864年4月21日–AD1920年6月14日 · 書いた

本文

マックス・ウェーバー。1897年、父と激しく口論した。父は権威的な政治家で、母に対して抑圧的だった。息子が母の側に立って、父を責めた。父は家を出て、7週間後、旅先で死んだ。

ウェーバーは崩れた。眠れず、集中できず、話せなくなった。5年、何も書けなかった。大学の職を辞した。療養所、そしてイタリアとスイスへの旅。

1903年頃、回復し始めた。1904年、アメリカへ(セントルイスの万国博覧会の学術会議に招かれた)。3か月、アメリカを回った。シカゴの食肉工場、ニューヨーク、ノースカロライナの親戚(バプテストの共同体)、オクラホマの開拓地。

1904〜05年、『社会科学・社会政策雑誌』に二部に分けて発表。『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』。

問い。近代の資本主義——合理的な経営、複式簿記、自由な労働、そして際限のない利潤の追求そのものが目的化した営み——は、なぜ西ヨーロッパでだけ生まれたのか。

商業と金融と巨富は、中国にもインドにもイスラーム世界にもあった。しかし、そこには「もっと稼ぎ、稼いだものを使わずに再投資し続けることが、それ自体、道徳的に正しい」という考え方はなかった。

彼が引くのは、ベンジャミン・フランクリンの言葉。「時は金なり」「信用は金なり」「金は繁殖する」。この、勤勉と倹約と信用を、単なる打算でなく、義務として説く態度。それを、ウェーバーは「資本主義の精神」と呼んだ。

伝統的な労働観。人は、必要な分を稼いだら、働くのをやめる。刈り入れの賃率を上げると、労働時間が減る(同じ金額をより短時間で稼げるから)。これが「伝統主義」。

では、この態度は、どこから来たか。

カルヴァン派の予定説。誰が救われるかは、神が永遠の昔に決めている。人間の行いでは変えられない。教会の秘蹟でも、善行でも、悔悛でも。

これは、恐ろしい教義である。「未曾有の内面的孤独」。神に問うことも、司祭に相談することも、慰めにならない。

牧会の現場で、二つの助言が生まれた。(1)自分が選ばれていると確信することが義務である。疑いは悪魔の誘惑である。(2)その確信を得るために、職業労働に励め。世俗の職業(ベルーフ。ルターの訳語。「召命」と「職業」の両方の意味)は、神から与えられた務めである。

そして、成果は、選ばれていることの「徴」として読める。神が祝福するから、事業が成る。

同時に、禁欲。享楽、贅沢、遊興は、罪。だから、儲けても使えない。使えない儲けは、再投資される。

「禁欲は、世俗の生活の中に持ち込まれ、内面から、日常の労働倫理を支配し始めた」。「世俗内的禁欲」。

結果。合理的な経営と、計算と、時間の管理と、蓄積。それが資本主義を回し始めた。

そして、最後の数頁。

「ピューリタンは、職業人であろうと欲した。我々は、そうあらざるを得ない。……禁欲が、修道院の独房から、職業生活の中へ移され、世俗内的な道徳を支配し始めたとき、それは、近代の経済秩序という、あの巨大な宇宙を作り上げるのに、力を貸した。この秩序は、いまや、機械的生産の技術的・経済的条件に縛られた、圧倒的な力をもって、その歯車の中に生まれ落ちた全ての個人の生活を規定している。……

バクスターの見解によれば、外物への配慮は、ただ『いつでも脱ぎ捨てられる薄い外套』のように、聖徒の肩にかかっているべきであった。しかし、運命は、この外套を、鋼鉄のように堅い檻(シュタールハルテス・ゲホイゼ)にしてしまった。

……この文化発展の最後に現れる『末人たち』にとっては、次の言葉が真理となるのだろう。『精神のない専門人、心情のない享楽人。この無のものは、人間性のかつて達したことのない段階に、すでに登りつめた、と自惚れるだろう』」。

(「鉄の檻」は、タルコット・パーソンズの英訳 iron cage による。原語は「鋼鉄のように堅い殻/容れ物」。)

その後。彼はこの後、儒教と道教、ヒンドゥー教と仏教、古代ユダヤ教を、同じ問いで調べた(『世界宗教の経済倫理』)。「なぜ、そこでは起きなかったのか」。

批判。ゾンバルト(ユダヤ人の役割を強調した)、トーニー(『宗教と資本主義の興隆』。因果の方向を逆に見た)、そして、そもそもオランダとイギリスの経済発展とカルヴァン派の分布は一致しない、という実証的な反論。

しかし、この本が立てた問い——経済の形は、人が世界をどう意味づけるかと、どう関わるか——は、いまも生きている。

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