← 地図で見る
Event / できごと

マーシュ試験

The Marsh test
AD1836年
重要度 3
ロシア帝国大英帝国デンマークオスマン帝国スウェーデン=ノルウェーオーストリア帝国エジプトスペインフランスモロッコAlgiersグレートブリテン及びアイルランド連合王国プロイセン両シチリア王国バイエルンTunisサルデーニャ王国TripolitaniaハノーファーCyrenaicaAD1836年ロンドン
このできごとには、まだ自由に使える図版が見つかっていません。 代わりに、このデータベースが持っているAD1836年の版図を描いています(20勢力)

概要

砒素は無味無臭で、症状がコレラや食中毒に似る。長く、最も使いやすい毒だった。ウーリッジ王立兵器廠の化学者ジェームズ・マーシュが、亜鉛と酸で発生させた水素に試料を混ぜ、燃やして、砒素の黒い鏡を得る方法を作った。ごく微量でも見え、陪審に現物を見せられる。1840年のラフアージュ事件でオルフィラがこれを法廷で行い、有罪になった。毒を、証拠として取り出せるようになった最初の例である。

場所

ロンドン
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド

本文

**毒**。

**三酸化二砒素**(亜砒酸、As₂O₃)。

(——**白い粉**。

**無味**。**無臭**。

**水に、少し溶ける**。

**そして——**安い**。**どこでも手に入る**。

〈**殺鼠剤として、**薬局で、普通に売られていた**。

**「鼠取り」を買うのに、理由は要らない**。〉)

**症状**。

(**激しい嘔吐、下痢、腹痛、脱水、そして死**。

——**コレラと、区別がつかない**。

**そして、**食中毒とも、区別がつかない**。

〈**19世紀前半、**コレラの流行期**である**。

**——「またコレラか」で、済んでしまう**。〉)

**呼び名**。

**「相続の粉」**(poudre de succession)。

(——**フランスで、そう呼ばれた**。

**17世紀の**毒殺事件**(ブランヴィリエ侯爵夫人、そして「毒薬事件」)以来の呼称である**。〉

**「毒殺者の毒」**(inheritance powder)。)

**それまでの検出**。

(**(1)**臭い**。

——**加熱すると、**ニンニクのような臭い**がする**。

**しかし、**主観的である**。**法廷で、示せない**。

**(2)**沈殿反応**。

〈**硫化水素で、黄色い沈殿**。

**アンモニア性硝酸銀で、黄色い沈殿**。

**——感度が低い**。**そして、**他の物質でも似た反応が出る**。〉

**(3)そして、**動物に食べさせる**。

——**証拠として、弱い**。〉)

**きっかけ**。

**1832年、イギリス、プラムステッド**。

(**ジョン・ボドル**という男が、**祖父を、砒素入りのコーヒーで殺した**と告発された**。

**ジェームズ・マーシュ**(1794〜1846年)——**ウーリッジ王立兵器廠の化学者**——が、**鑑定を依頼された**。

**彼は、**硫化水素法**で、砒素を検出した**。

——**黄色い沈殿が、出た**。

**しかし**。

**法廷に持って行くまでに、**沈殿が、劣化した**。

**陪審に見せたときには、**もう、はっきりしなかった**。

**——無罪**。

〈**そして、**ボドルは、後に、自分がやったと告白した**。

**当時、**一事不再理**で、再訴追できなかった**。〉

**マーシュは、**それに、腹を立てた**。〉)

**方法**。

**1836年、発表**。

**原理**。

(**(1)**試料に、**亜鉛と、酸**(硫酸か塩酸)を加える**。

**——**水素**が発生する**。

**(2)試料に砒素があれば、**アルシン**(AsH₃、砒化水素)**という気体になる**。

**(3)その気体を、**細い管に導き、**加熱する**か、**燃やす**。

**(4)——**砒素が、分解して、**冷たい面に、金属光沢のある黒い膜**として付着する**。

**「砒素鏡」**(arsenic mirror)。〉

**利点**。

**(1)**感度が、桁違いに高い**。

(——**0.02ミリグラム**を検出できた、とされる。

**それまでの方法の、**数十倍**である**。〉)

**(2)**目に見える**。

(——**黒い、光る膜**。

**陪審員に、**現物を、見せられる**。

〈**これが、**決定的だった**。

**「化学者がそう言っている」ではなく、**「これを見よ」**。〉)

**(3)**アンチモンと、区別できる**。

(——**アンチモンも、似た膜を作る**。

**しかし、**次亜塩素酸ナトリウムに溶けるかどうかで、区別できる**。

**砒素の膜は、**溶ける**。**アンチモンは、溶けない**。〉)

**ラフアージュ事件**。

**1840年、フランス**。

(**マリー・ラフアージュ**(旧姓カペル)が、**夫シャルルを毒殺した**として、告発された**。

**——極めて有名な裁判になった**。

**フランス中の新聞が、書いた**。)

**経緯**。

(**地元の医師が、**古い方法**で検査した**。

**——砒素が、出た**。

**弁護側が、**マーシュ試験**を要求した**。

〈**「新しい、より確かな方法があるはずだ」**。

——**弁護側が、これを求めたのである**。〉

**地元の化学者が、やった**。

**——出なかった**。

**それで、**当代最高の毒物学者、**マテュー・オルフィラ**が、パリから呼ばれた**。

**1840年9月**。

**オルフィラが、法廷で、マーシュ試験を実施した**。

**——砒素が、検出された**。

**そして、彼は、**それが、土壌や、遺体自体に自然に含まれる砒素ではないこと**を、示した**。

〈**周囲の土も、検査した**。

**——出なかった**。〉

**有罪**。**終身刑(重労働)**。

〈**1852年、恩赦**。**翌年、結核で死んだ**。

**——彼女が本当にやったかどうかは、いまも議論されている**。

**当時から、**支持者と反対者が、激しく対立した**。〉)

**意味**。

(——**この裁判で、**法廷に、化学が入った**。

**「法医毒物学」**(forensic toxicology)**が、公衆の前に現れた**。

**そして——**毒殺が、減った**。

〈**因果を厳密に示すのは難しい**。

**しかし、**19世紀後半、砒素による毒殺の告発が、減少している**。

——**見つかるようになったから**、というのが、一般的な説明である。〉)

**規制**。

**1851年、イギリス、砒素法**(Arsenic Act)。

(**砒素の販売に、**購入者の記録**を義務づけた**。

**そして、**着色すること**を求めた**(藍か煤で。**白い粉のままにしない**)。

——**小麦粉や砂糖と、間違えないようにするためでもある**。

〈**実際に、**取り違えによる大量中毒**が起きていた**。

**1858年、ブラッドフォード**——**菓子に、砂糖の代わりに亜砒酸が混ぜられ、21人が死んだ**。〉)

**そして**。

**マーシュ**。

(——**彼は、**貧しく死んだ**。

**1846年、52歳**。

**兵器廠の給料は、低かった**。

**この方法で、**特許も、報酬も、得ていない**。

〈**イギリス王立協会が、**大メダル**を与えている**(1836年)。

**そして、**年30ポンドの昇給**。

——**それだけである**。〉

**彼の死後、**未亡人に、年金が支給された**。〉)

**そして、いまも**。

(**マーシュ試験そのものは、**もう使われていない**。

——**原子吸光法、質量分析**に置き換わった。

**しかし、**考え方は、そのまま残った**。

〈**微量の物質を、**特異的な反応で、目に見える形にする**。

**そして、**それを、法廷に提出できる証拠にする**。〉

**——現代の法科学の、出発点の一つである**。)

同じ時代のできごと

ズールー王国の勃興1816年イギリスの金本位制AD1816年八時間労働AD1817年第三次マラーター戦争AD1818年6月3日カールスバート決議AD1819年9月20日ラッフルズのシンガポールAD1819年2月6日ムフェカネAD1820年頃ギリシア独立戦争1821年
AD1836年の世界を地図で見る国境・できごと・生きている人が、その年のものに入れ替わります