概要
アイザック・ピットマンは、綴りではなく音を書き取る記号を作った。子音を線の向きで、有声と無声を線の太さで書き分け、母音は点と短い線で線の脇に添える。母音は省いてよい。習熟すれば毎分200語を超える。議会と法廷と新聞が採用し、通信教育で世界に広がった。同じころ、ドイツではガベルスベルガーが、後に日本では田鎖綱紀が、それぞれの言語のための方式を作った。話された言葉を、その場で文字にできるようになった。
場所
51.51°N -0.13°E · イギリス・イングランド
関わった人(1)
アイザック・ピットマンAD1813年1月4日–AD1897年1月22日 · 作った本文
**人**。
**アイザック・ピットマン**(1813〜1897年)。
**ウィルトシャー州、トロウブリッジ**。
(**父——**織物工場の、事務員**である**。
**——**子どもが、**十一人**。
**——**貧しい**。
**息子は、**十三歳で、学校をやめた**。
〈**——**そして、**父の工場で、事務員として働いた**。
**その傍らで、**独学した**。〉
**1831年、**ロンドンの教員養成所**に入った**。
**——**そして、**村の学校の教師になった**。〉)
**きっかけ**。
(——**彼は、**サミュエル・テイラーの速記法**を、既に習っていた**。
**〈——19世紀前半、イギリスで最も普及していた方式である。〉**
**そして、**その改訂版を作らないか**、と、出版者に頼まれた**。
**——**彼は、**改訂ではなく、**一から作り直した**。〉)
**1837年**。
**『音による筆記法』**(Stenographic Sound-Hand)。
(——**十四ページの、小冊子**。
**値段——**四ペンス**。
〈**——**極めて、安い**。
**——**「誰でも買える」**ことを、意図した**。〉)
**原理**。
**綴りではなく、**音**を書く**。
(——**これが、**核心である**。
〈**英語の綴りは、**発音と、合っていない**。
**——**though, through, tough, cough, bough**。
**——**同じ「ough」が、**五つの違う音**である**。
**そして、**knight** の k と gh は、**発音されない**。
**——**綴りを写すのは、**無駄である**。〉)
**書き方**。
(**(1)**子音——**線の、向き**。
〈**——**縦、横、斜め**。
**そして、**直線と、曲線**。〉
**(2)**有声と無声——**線の、太さ**。
〈**——**p と b**。**t と d**。**s と z**。
**——**細い線と、太い線**で、書き分ける**。
**〈だから、**羽根ペンか、柔らかい鉛筆**が要る。
**——ボールペンでは、太さが変えられない。**
**これが、後に、この方式の弱点になった。〉**〉
**(3)**母音——**点と、短い線**を、**子音の線の脇に、添える**。
〈**——**位置**(線の始め、中、終わり)で、**どの母音か**を示す**。
**そして——**速く書くときは、**母音を、省く**。
**——**文脈で、読める**。
**〈これは、**アラビア語とヘブライ語の表記**と、同じ発想である。〉**〉)
**速さ**。
(——**熟練者で、**毎分150語から200語**。
**〈記録では、**300語を超える**者がいる。〉**
**——**通常の会話が、**毎分120から150語**である**。
**——**追いつく**。〉)
**広め方**。
(——**ここが、**ピットマンの、もう一つの功績である**。
**(1)**安い**。
**(2)**通信教育**。
〈**——**受講者が、**練習した速記を、郵便で送る**。
**ピットマン(と、後に、その組織)が、**添削して、返す**。
**——**そして、**郵便料金が、彼の負担だった**時期がある**。
**〈1840年の、**ペニー郵便**が、これを可能にした。**
**——全国どこへでも、一ペニー。〉**〉
**(3)**組織**。
〈**——**弟のベンとジョセフ**が、**アメリカとオーストラリアへ渡った**。
**〈——ベンが、アメリカ式(少し違う)を広めた。〉**
**そして、**「音標学会」**(Phonetic Institute、バース)。
**——**印刷所を持ち、**教材を、大量に出した**。〉)
**使われた場所**。
(——**議会**。
〈**ハンサード**(イギリス議会の議事録)。〉
**——**法廷**。
〈**——**証言を、一言一句、記録する**。〉
**——**新聞**。
〈**——**演説を、その日のうちに、記事にする**。
**〈チャールズ・ディケンズは、**若い頃、議会の速記記者だった**。
**——彼は、ガーニー式を使っていた。**
**そして、後に「わたしは、当時、イギリスで最も速い記者の一人だった」と書いている。〉**〉
**——**そして、**事務所**。
〈**——**口述筆記**である**。
**上司が、**話す**。
**秘書が、**速記で、書き取る**。
**そして、**タイプライターで、清書する**。
**——**この組み合わせが、**二十世紀の事務の、標準になった**。〉)
**他の言語**。
(**ドイツ——**フランツ・クサーヴァー・ガベルスベルガー**(1834年)、そして**シュトルツェ**。
〈**——**後に、統合されて、**「統一ドイツ速記」**(1924年)。〉
**日本——**田鎖綱紀**(たくさり こうき、1882年)。
〈**——**「日本傍聴筆記法」**。
**——**そして、**帝国議会の開設(1890年)**に、間に合った**。
**〈議会には、速記が要る。**
**——議会を作ることと、速記を作ることが、同時だった。〉**
**そして、**二葉亭四迷の『浮雲』と、三遊亭円朝の落語の速記本**が、**言文一致体**の成立に、直接、関わっている**。
**〈——「話し言葉を、そのまま文字にする」**ことが、可能になった。**
**そして、それが、**新しい文章語**を作った。〉**〉)
**その後**。
(——**20世紀を通じて、**速記は、標準的な事務の技能だった**。
**〈——学校で、教えられた。**
**そして、**「速記とタイプ」**ができることが、**事務職の条件だった**。〉**
**そして、**消えていった**。
〈**理由**。
**(1)**録音機**。
**(2)**ワープロと、電子メール**。
**〈——上司が、自分で打つようになった。〉**
**(3)そして、**ステノタイプ**(速記用のタイプライター)。
**——**法廷では、**これに置き換わった**。〉
**——**いまも、**議会と法廷に、速記者がいる**。
〈**日本の衆参両院は、**2000年代半ばに、**手書きの速記から、パソコンによる記録に移行した**。
**——そして、**速記者養成所が、閉じられた**。〉)
**ピットマン**。
(——**もう一つ、**生涯をかけた運動**があった**。
**「英語の綴りを、発音どおりに改めよ」**。
〈**——**「音標式綴り」**(phonotypy)。
**新しい文字を作り、**それで印刷した本を、大量に出した**。
**——**バーナード・ショーが、**後に、同じ運動を支持している**。〉
**——**実らなかった**。
**〈英語の綴りは、いまも、あの通りである。〉**
**1894年、**ナイト爵**。
**1897年、死去**。**八十四歳**。
**——**菜食主義者で、**禁酒家で、そして、**死ぬ年まで、働いた**。)