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Person / 人

エリシャ・オーティス

Elisha Otis
AD1811年8月3日 – AD1861年4月8日(享年49)
アメリカ合衆国重要度 3

概要

ヴァーモントの農家の生まれ。荷馬車の製造、製材、そして人形工場の職長と、職を転々とし、そのたびに失敗した。ベッドの製造工場で二階へ機械を上げる必要があり、綱が切れても落ちない昇降機を考えた。1853年に会社を興したが、注文は年に数台である。1854年、万国博覧会の会場で、自分が乗った台の綱を斧で切らせる実演をした。翌年の注文が急増する。四十九歳で死に、二人の息子が事業を継いだ。会社は現在も世界最大の昇降機会社である。

関わったできごと(1)

オーティスの安全装置AD1854年5月 · 作った

本文

**エリシャ・グレイヴス・オーティス**(1811〜1861年)。

**ヴァーモント州、ハリファックス**。**農家**。

(——**六人兄弟の、末**。

**十九歳で、家を出た**。

〈**——**トロイ(ニューヨーク州)で、**荷馬車を、作った**。

**そして、**病気になった**(肺の病、とされる)。〉)

**失敗**。

(——**彼の前半生は、**うまくいかなかったこと**の連続である**。

〈**(1)**荷馬車の製造**——**やめた**。

**(2)**製材所**(ヴァーモント)——**うまくいかなかった**。

**(3)**挽き臼の製造**——**駄目**。

**(4)そして、**妻が、死んだ**(1842年、二人の息子が残された)。

**(5)**人形の製造工場**(アルバニー)で、**職長**。

**——**そこで、**人形を作る機械を、改良した**。

**〈——生産量が、四倍になった、とされる。〉**

**——**そして、**その工場が、**水利権をめぐる争いで、水車を止められ、**傾いた**。

**(6)そして、**自分で、**車輪のブレーキ**と、**パン焼きの窯**の特許を、取った**。

**——**どちらも、**金にならなかった**。〉)

**ヨンカーズ**。

(**1852年**。

**——**ベッド枠の製造会社**(マイズ&カンパニー)の、新しい工場**。

**——**その機械の据え付けを、任された**。

〈**——**二階へ、**重いものを、上げる**必要があった**。

**そして、**綱が切れる事故が、**当時、珍しくなかった**。〉

**——**彼は、**「安全な昇降機」**を、作った**。

〈**——**荷馬車の重ね板ばね**を、使った**。

**——**手近にあった、**ありふれた部品**である**。〉)

**会社**。

(**1853年9月20日、**独立**。

〈**——**「ユニオン・エレベーター・ワークス」**。

**そして、**注文が、来なかった**。

**——**その年、**三台**。〉

**——**そして、**万国博覧会**。〉)

**1854年5月**。

(——**クリスタル・パレス**(ニューヨーク)。

**——**彼は、**櫓を組んで、**自分が、その上に乗った**。

**そして、**斧で、綱を、切らせた**。

〈**——**台が、**数センチ落ちて、止まった**。

**そして、**帽子を取って、こう言った**。

**「みなさま、ご安心を。万事、順調です」**。〉

**——**その後、**注文が、増えた**。

〈**1854年、七台**。**1855年、十五台**。〉)

**旅客用**。

(**1857年3月23日**。

**——**ニューヨーク、ブロードウェイ488番地、**E・V・ホートワウトの店**。

**——**世界初の、**旅客用の昇降機**である**。

〈**——**蒸気で、動く**。

**——**毎分、約12メートル**。

**〈五階まで、**約一分**。〉**

**——**そして、**それが、話題になった**。

**〈——「客が、それに乗るために、店へ来る」。〉**〉)

**死**。

(**1861年4月8日**。

**——**ジフテリア**。**四十九歳**。

〈**——**会社は、**約5,000ドルの負債**を、抱えていた**。〉

**そして、**息子たち**。

〈**チャールズ**(当時26歳)と、**ノートン**(21歳)。

**——**二人が、**継いだ**。

**そして、**立て直した**。

**〈——チャールズは、**技術者として、**多数の改良を、加えた**。**

**——ノートンは、**経営を、担った**。〉**

**1867年、**パリ万博**に出品**。

**——**そして、**世界へ、広がった**。〉)

**そして**。

(——**エリシャ・オーティスは、**自分の発明が、**街の形を、変える**ことを、**見ていない**。

〈**——**彼が死んだのは、**1861年**である**。

**——**最初の摩天楼は、**1885年**。〉

**——**彼が、やったのは、**「落ちない」**ようにしたことだけ**である**。

**そして、**そのことが、**建物を、上へ伸ばした**。

〈**——**それまで、**高さは、階段で、決まっていた**。

**——**そして、**上の階ほど、安かった**。

**——**それが、**逆転した**。〉

**——**会社は、**いまも、ある**。

〈**——**オーティス・ワールドワイド**。

**——**世界最大の、昇降機の会社である**。

**そして、**エッフェル塔、エンパイア・ステート・ビル、そしてブルジュ・ハリファ**の昇降機が、**この会社のものである**。〉)

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