概要
2011年7月22日の午後、オスロの官庁街で、車に積んだ爆弾が爆発し、8人が死んだ。その2時間ほどあと、警官の服を着た同じ男が、湖に浮かぶウトヤ島で開かれていた労働党の青年部の夏の合宿に渡り、1時間あまりにわたって銃を撃ち続けた。島で死んだのは69人で、多くは十代だった。犯人は移民とイスラムを敵とみなす極右の男で、労働党の多文化の政策を憎んでいた。首相のストルテンベルグは「より多くの民主主義、より多くの開かれた社会で応える」と語った。男には、刑期を延ばせる最長21年の拘禁が言い渡された。
場所
60.02°N 10.25°E · ノルウェー・ブスケルー県(ティーリフィヨルド湖)
本文
2011年7月22日は金曜で、夏の休みのさなかだった。午後3時25分、オスロの官庁街、首相府の入る高い建物の前に停められたバンが爆発した。肥料から作った爆薬が積まれていた。建物は窓が吹き飛び、8人が死んだ。
爆発の騒ぎのなか、犯人はオスロから北西へ車で走り、警官の制服を着て、ティーリフィヨルド湖に浮かぶウトヤ島へ渡る船に乗った。島では毎年、労働党の青年部が夏の合宿を開いていて、六百人近い若者がいた。犯人は爆発の件で安全を確かめに来たと言って人を集め、銃を撃ち始めた。逃げ場のない島で、若者たちは岩陰に隠れ、冷たい湖へ泳ぎ出した。近くの別荘の人々が小舟を出して助けた。警察の到着には1時間あまりかかり、69人が死んだ。
犯人のアンネシュ・ベーリング・ブレイビクは32歳のノルウェー人で、移民、とりわけイスラム教徒がヨーロッパを乗っ取ろうとしているという陰謀論を信じ、それを受け入れた労働党とその次の世代を狙った。事件の直前、長い声明文をインターネットに流していた。
首相イェンス・ストルテンベルグは追悼の場で、「より多くの民主主義、より多くの開かれた社会、より多くの人間らしさで応える」と語った。人々は町にバラの花を持ち寄った。裁判で犯人は責任能力を認められ、ノルウェーの法で最も重い、最長21年の拘禁を言い渡された。社会に危険がある限り、刑期は延ばすことができる。のちの調査委員会は、警察の対応の遅れと、官庁街の守りの不備を厳しく指摘した。